類想章段を利用した『枕草子』の導入指導 (2008/04/13)
<実践の概要>
今年の2年生の最初の教材は『枕草子』である。5つの章段を扱う予定だが、最初の3つは、文学史的な常識も踏まえて、類想章段の「かたはらいたきもの」、随想章段の「五月ばかりなどに山里に歩く」、そして回想章段の「中納言参り給ひて」を予定した。その最初の「かたはらいたきもの」の授業を展開するにあたって、以下のような指導案を工夫してみた。工夫のポイントは2つあって、一つは興味をもって積極的に『枕草子』学習に取り組む姿勢を作ること、もう一つは、1年次の復習をしながら文法学習の大切さを伝えることである。(ちなみに、この二つのポイントは、古典指導の基本でもある。つまり、一つ目は「古典に親しむ態度を養う」ということであり、もう一つは「古典を的確に読解する力を養う」ということであるからだ。)以下、もう少し詳しく述べてみたい。
(1)興味をもって積極的に『枕草子』に取り組む姿勢をつくる。(興味を喚起する指導)
最初の教材はいわゆる類想章段、つまり「「もの・は」づけ」と呼ばれているものであり、そこには清少納言の独特の感性が表現されている。その感性には、現代の生徒にも共感される部分があるはずである。そこで、ここでは、そのような「現代との共通性」の部分に注目して、いわゆる有名古典としての敷居の高さをとりはずし、作者との距離感を縮めることで、興味を喚起しようと企図してみた。
具体的には、いくつかの類想章段を選び出してプリントを作成するのだが、その際、「~もの」の「~」の部分を空欄にしておき、そこに入る語(形容詞・形容動詞)を想像させるというものである。
なお、「~もの」というタイトルで古文作文をさせるという実践は広く行われているが、ここではその逆を考えてみたのである。ただし、これはかなりハードルの高い実践といえるかも知れない。
(2)文法学習の大切さを伝える。(文法の学習)
上記プリントで空欄にする「~もの」の「~」は、形容詞(形容動詞)である。本文に登場する場合も空欄にしてあるため、その空欄を埋めていくためには、形容詞の活用の知識が必要となる。そこで、空欄を埋めながら形容詞の活用について復習し、同時に、その活用の話を、「べし」などの形容詞型活用をする助動詞とも結びつけることで、文法学習に関する動機付けをはかることを企図してみた。
また、それぞれの形容詞の語義を確認しながら、語彙学習の重要性についても確認することを目指した。
<プリント作成>
高等学校の国語教科書にとられた教材一覧(『高等学校の国語教科書は何を扱っているのか』京都書房、平12)を参考にして、教材化されている類想章段、特に「~もの」段を調べ、その中から、①比較的易しいもの ②共感が得られそうなもの ③カット(編集)できそうなもの ④簡単な語彙学習・文法学習的な要素があるもの といった基準で、「うつくしきもの」「すさまじきもの」「にくきもの」「ありがたきもの」「うらやましげなるもの」「うれしきもの」の6つの章段を選び、プリントを作成した。
なお、今回は4月の初めで準備に余裕がなく、国文学資料館からかつてダウンロードした岩波「古典大系」の本文を利用したが、時間があればもう少し教材選定と本文作成に時間をかけたかった。(生徒の状況や授業時間配分によっては、小学館の新編全集など、訳が併記されているものを活用するといいだろう。)
<指導案>
①類想章段、随想章段、回想章段について説明する。
②作成した「類想章段プリント」を配布し、作業内容を説明する。
③簡単な訳をつけながら、プリントを範読する。
④生徒に、各章段の冒頭の( )に入る語を、先ず現代語で考えさせる。
⑤次に、何人かのグループで、考えた語に相当する古典語を考えさせる。
*数名で相談しながら考えさせる。小学館『全文全訳古語辞典』の巻末には「現古辞典が掲載されて
いるので、持っている生徒がいる場合には、参考にさせる。
⑥何人かの生徒に指名して発言を求めながら、空欄を埋めていく。
*この過程で、清少納言の感性に、我々ときわめて類似する部分があることを示唆し、興味やこれか
らの学習に対する積極的な姿勢を喚起するように工夫する。
⑦タイトル部分の形容詞を知らせ、残りの( )を埋めさせながら、形容詞の活用を復習する。
*係り結びも登場するので、簡単に復習する。
<具体的な例 「にくきもの」(新編全集第二六段)>
( ① )。いそぐ事ある折にきてながごとする客人。あなづりやすき人ならば、「後に」とてもやりつべけれど、さすがに心はづかしき人、いと( ② )むつかし。
すずりに髮の入りてすられたる。また、墨の中に、石のきしきしときしみ鳴りたる。
なでふことなき人の笑がちにて物いたういひたる。
物うらやみし、身の上なげき、人の上いひ、つゆちりのこともゆかしがり、きかまほしうして、いひしらせぬをば怨じ、そしり、また、わづかに聞きえたることをば、我もとよりしりたることのやうに、こと人にも語りしらぶるもいと( ③ )。
ねぶたしとおもひてふしたるに、蚊のほそごゑにわびしげに名のりて、顔のほどにとびありく。羽風さへその身のほどにあるこそいと( ④ )。
きしめく車にのりてありく者。耳もきかぬにやあらんといと( ⑤ )。
(1)興味を喚起する学習
生徒は、例えば「うざいもの」といった現代の語彙を挙げてくる。そこで、空欄に入る語としての「憎し」を示した上で、語彙としての「憎し」について解説し(「自分の思いどおりにならない事態への不快感・嫌悪感を表そうとする」(鈴木日出男『高校生のための古文キーワード100』ちくま新書、平18)、我々と清少納言との間に、感性の共通性する部分があることを確認する。時間があれば、どの例にもっとも共感するか、あるいは、共感できないものがあるとすればそれはどれかなどについて発言させてもよいだろう。4月のクラス作り、授業作りの場面では、楽しくすすめることが肝要であろう。
(2)文法の学習
内容がおおまかに理解できたところで、次に文法の学習に入る。先ず、生徒各自にすべての空欄を埋めさせ、次に答えを確認しながら活用についての知識を復習するのである。
②は、連用形「にくく」。③は、終止形「にくし」。④は、「こそ」の結びで已然形「にくけれ」となる。
⑤は、「耳も聞かぬにやあらん」の部分に係助詞「や」が登場するために、結びが「あらん」の「ん」である(引用の「と」の前で文は終止扱いとなる)ことに気づかず、連体形を入れる者も出てくるため、学習効果が高い。答えは終止形「にくし」。
また、「べし」「まほし」など「~し(じ)」型の助動詞のほとんどが形容詞型を活用をすることを確認し、用言の学習と助動詞の学習を結びつけてまとめとする。
<生徒たちの反応>
わずか1時間の授業であり、特に感想などを求めたわけではないが、授業者としての印象を述べると、新しいクラス・新しいクラスメート、そして、新しい担当教員との新しいスタートということで、指名した際の発言内容などから判断しても、かなりまじめかつ真剣に取り組んでくれたように思う。その結果、中学校時代に学習していた「春はあけぼの」とは異なる『枕草子』、および、清少納言の姿を感じ取ってくれたのではないかと思われる。
3月上旬の学年末考査からも時間が経過しており、文法学習の復習という面でも、用言の復習から始めて、それを助動詞・助詞(係り結び)の学習に結びつけるという流れは、比較的親しみやすく、かつ、これからの学習に向けて有効であったと考える。
<課題>
今回は、学習を計画した時点から実際に授業を行うまでの間が短く、しかも新学年・新学期の最初ということもあって、一番重要な教材である「プリント」を十分なものに仕上げることができなかった。教材の選択および編集(短くカットすること)、また、現代語訳の提示の仕方など、さらに研究を深めたい。