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新緑の季節

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回想章段を使った敬語指導     (2008/04/26)


<実践の概要>

 2年生の『枕草子』第三教材は、回想章段の中でも定番教材といえる「中納言参り給ひて」である。
この教材は、
 ①短い 
 ②『枕草子』の主だった登場人物が登場する 
 ③清少納言の分かりやすい機知=洒落が題材になっている 
 ④成立事情の話にも発展させられる
 ⑤敬語の学習にちょうどよい
といった点から定番化したと思われる。そこで、ここでは、この特色を踏まえながら、特に「敬語」の知識を復習する指導案を考えてみた。先ず「回想章段は、複数の人物が登場し、和歌を含む会話や手紙のやりとりで話が展開するために、先ずは動作主を明確にし、その上で、さまざまな古典常識を踏まえながら読解を進める必要がある。そのため、類想章段、随想章段と比べると、ずっと読解の難易度が増す」ということを伝えて、その読解に「敬語」の知識が役立つことを具体的に示すわけである。

<教材本文> (第九八段 教育出版『新版古典』より)

中納言参り給ひて

 中納言参り給ひて、御扇奉らせ給ふに、(A)「隆家こそ、いみじき骨は得て侍れ。それを張らせて参らせむとするに、おぼろけの紙はえ張るまじければ、求め侍るなり。」と 申し給ふ。(B)「いかやうにかある。」と問ひ聞こえさせ給へば、(C)「すべていみじう侍り。『さらにまだ見ぬ骨のさまなり。』となむ、人々申す。まことに、かばかりのは見えざりつ。」と、言高くのたまへば、(D)「さては、扇のにはあらで、海月のななり。」と聞こゆれば、(E)「これは、隆家が言にしてむ。」とて笑ひ給ふ。
 かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、「一つな落としそ。」と言へば、いかがはせむ。


<指導過程>

①音読する
②登場人物を挙げさせる。
 *この段階だと、「中納言」しか出ない。ただ、最初の時間に『枕草子』の文学史について簡単に触れて
  いるので、力のある生徒の中には「清少納言」「定子」といった登場人物を想定できる者もいる。
③便覧などを使って、『枕草子』の主要登場人物を紹介し、系図を板書する。
④再度登場人物を考えさせる。(系図上に○をつけさせる)
 *回想章段では、清少納言がその場にいることを確認する。
⑤「定子」がいることは本文を見れば分かるが、その理由を考えさせる。
 *「中納言参り給ひて」の「参り」。
 *なお、隆家=十七歳、定子=十九歳、清少納言=三十歳
⑥敬語について、学習のポイントを復習をする。
 *ここでは、尊敬語・謙譲語・丁寧語の違いについて復習する。
 *なお、敬語の学習事項については、下記<敬語の学習事項>参照。
⑦(A)~(E)の発言について、話者を考えさせる。
⑧それぞれの発言の後の部分に注目し、敬語を指摘させる。
⑨尊敬語に注目して、発言に対する敬意に3段階あることを指摘させる。
  *1 「尊+尊」=「問ひ聞こえさせ給へば」
    2 「尊」   =「申し給ふ」「(言高く)のたまへば」「笑ひ給ふ」
    3 「尊」なし =「聞こゆれば」
⑩三人の登場人物との対応関係を考えさせる。
  *1 「尊+尊」=定子
    2 「尊」   =隆家
    3 「尊」なし =清少納言
⑪敬語の有無が動作主決定のヒントになることを確認する。
 *同時に、敬語の使われ方が、その場に登場する人物の相対的身分に依存することも簡単に伝えて
  おく。
⑫敬語について、学習のポイントを復習する。
 *ここでは、置換型と添加型について解説し、暗記すべきことと、その場で考えて判断するべきことを
  明確化して、学習の方向を示す。
 *なお、敬語の学習事項については、下記<敬語の学習指導>参照。
⑬まとめとして、「御扇奉らせ給ふ」の部分の品詞分解を考えさせる。
 *「奉ら+せ+給ふ」と「奉らせ+給ふ」の違いを考えさせる。
 *ほぼ全員が「奉ら+せ+給ふ」と品詞分解するが、
  ①ここの動作主は誰か(→隆家) 
  ②隆家に「尊+尊」の敬語が使われているか 
  といった発問をすることで、辞書から「奉らす」を探し出させ、辞書の記述から、「奉らす」が「奉る」より
  も強い謙譲の表現であることを学ばせる。そして、「尊+尊」が動作主をかなり高く扱うのに対して、
  「奉らす」は、いわば「謙+謙」のようなものであり、動作の受け手をかなり高く扱うことになるということ
  を理解させる。
⑭さらに、(C)の中に登場する「~となむ、人々申す。」の「申す」について敬意を方向を考えさせ、荘重
  表現に関して簡単に触れる。
 *自敬語とするのではなく、話の聞き手(定子)を意識した荘重表現と考える。

<敬語の学習事項>

1 敬語の種類
  尊敬語=動作をする人尊敬
  謙譲語=動作を受ける人尊敬
  丁寧語=話を聞く人尊敬
  ◎どれも「尊敬」であることを理解させる。
  ◎その語が尊敬語・謙譲語・丁寧語のどれなのかは、暗記して区別する。
   *二つの用法を持つもの(「奉る」など)は5語のみ。その場合は文脈などで判断。
2 敬語の形態(置換型と添加型)
  「食べる」→「召し上がる」     尊敬語の置換型(→動詞)
         「お食べになる」     尊敬語の添加型(→補助動詞、助動詞)
  「食べる」→「いただく」        謙譲語の置換型(→動詞)
         「お食べ申し上げる」 謙譲語の添加型(→補助動詞)
  *「お食べ申し上げる」はあまりイイ例とは言えない。工夫したい。
  ◎訳は、置換型は一語一語記憶する。添加型は公式を記憶する。
3 敬語の重なり
  基本は「尊+尊」(二重敬語)と「謙+尊」(二方面への敬語)。
  *応用(「尊+尊+謙」や「丁」がつく場合など)は、実際に登場した場で扱う。
4 覚えること=①尊・謙・丁の区別
           ②置換型の敬語の訳、添加型の訳の公式
  考えること=①置換型なのか添加型なのかをその場で判断し、正確に訳す
           ②登場人物の人物関係を踏まえ、尊・謙・丁の定義をもとに、敬意の方向を考える 

<補足>

 清少納言の機知については、隆家の誇張した物言いを、「骨」の多義性で受けたという点を確認する。(なお、清少納言が海月を見たことがあるかどうかは不明だが、歌語としては使われることもあったようである。古事記の冒頭部分にも登場するし、それなりに知名度?はあったのだろう)
 また、第二段落の 「一つな落としそ」の部分には敬語がなく、同僚女房の発言ということになろうか。とすれば、『枕草子』が読者の反応を受け止めながら書き継がれたらしいことが伺われ、成立状況を想像する一助となる。この点については、まとめの段階で簡単に触れただけである。