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長編教材の概要を捉えさせる導入指導     (2008/05/24)


<実践の概要>

 3年生の3つ目の教材は「殿などのおはしまさでのち」(第一三六段)の前半である。

本文・私訳LinkIcon

 ここでは、比較的長い教材の導入指導について、提案してみたい。
 いうまでもなく、古典については予習をしてくるように指導しており、そのためのプリントも用意している。

予習用プリント(「読解のポイント」)LinkIcon

 ただ、生徒は、注意を喚起しないと、文章の最初からいきなり現代語訳をしてくるだけの予習になってしまいがちである。その文章全体をとらえることなく、部分的な単語の意味や文法だけに目がいってしまうことになるのである。いわゆる「木を見て森を見ない」状態である。
 しかし、その文章全体が何を言っているのか、そして、その文章全体の雰囲気はどのようなものなのか(悲しい場面なのか、楽しい場面なのか、など)などをおおまかに理解しなければ、細かな部分の正確な訳も期待できないのは当然であろう。
 そこで、授業時には全体を大きくつかむ練習を組み入れているのだが、ここでは、この第一三六段を例にして、全体を捉える練習をどのように実践したのか、報告してみたい。

 大きく捉える場合の基本は、いわゆる5W1Hである。そこで、ここでは
 ①各段落ごとに登場人物をとらえる。(Who)
  *その際、敬語の用法に注意する。
 ②各段落の現場(場所・季節)を考える。(When, Where)
 ③各段落の内容を大雑把にとらえる。(What, Why, How)
といった作業に取り組んだ。
 その過程で、第四段落で登場する中宮からの手紙が、場面展開の上でも内容展開の上でも大きな役割を果たしていることをつかませるのである。そして、その手紙が暗号になっていることに気づかせることで、続く読解作業への興味を喚起しようと企図したわけである。

 なお、上にあげた「予習プリント」も、【読解のポイント】→【現代語訳のポイント】という構成にしてあり、予習段階でも、先ずは全体を読んで内容を大きく捉え、その後から現代語訳に取りかかるように注意を促してはいる。

<教材本文> 

*pdfファイルで挙げたが再掲。 (古典講読『源氏物語 枕草子 大鏡』三省堂より)

第一三六段 「殿などのおはしまさでのち」

(第一段落) 殿などのおはしまさでのち、世の中に事出で来、騒がしうなりて、宮も参らせ給はず、小二条殿といふ所におはしますに、何ともなく、うたてありしかば、久しう里に居たり。御前渡りのおぼつかなきにこそ、なほ、え絶えてあるまじかりける。
(第二段落) 右中将おはして物語し給ふ。「今日宮に参りたりつれば、いみじうものこそあはれなりつれ。女房の装束、裳、唐衣、折にあひ、たゆまでさぶらふかな。御簾のそばの開きたりつるより見入れつれば、八、九人ばかり、朽ち葉の唐衣、薄色の裳に、紫苑、萩など、をかしうて居並みたりつるかな。御前の草のいとしげきを、『などか、かき払はせてこそ。』と言ひつれば、『ことさら露置かせて御覧ずとて。』と宰相の君の声にて答へつるが、をかしうもおぼえつるかな。『御里居いと心憂し。かかる所に住ませ給はむほどは、いみじきことありとも、必ずさぶらふべきものに思し召されたるに、かひなく。』と、あまた言ひつる、語り聞かせ奉れとなめりかし。参りて見給へ。あはれなりつる所のさまかな。対の前に植ゑられたりける牡丹などの、をかしきこと。」などのたまふ。「いさ、人のにくしと思ひたりしが、またにくくおぼえ侍りしかば。」と答へ聞こゆ。「おいらかにも。」とて笑ひ給ふ。
(第三段落)  げにいかならむ、と思ひ参らする。御気色にはあらで、さぶらふ人たちなどの、「左の大殿方の人、知る筋にてあり。」とて、さし集ひものなど言ふも、下より参る見ては、ふと言ひやみ、放ち出でたる気色なるが、見ならはずにくければ、「参れ。」などたびたびある仰せ言をも過ぐして、げに久しくなりにけるを、また宮の辺には、ただあなたがたに言ひなして、そらごとなども出で来べし。
(第四段落)  例ならず仰せ言などもなくて日ごろになれば、心細くてうち眺むるほどに、長女、文を持てきたり。「御前より、宰相の君して、忍びて給はせたりつる。」と言ひて、ここにてさへひき忍ぶるもあまりなり。人づての仰せ書きにはあらぬなめりと、胸つぶれてとく開けたれば、紙にはものもかかせ給はず。山吹の花びら、ただ一重を包ませ給へり。それに、「言はで思ふぞ。」と書かせ給へる、いみじう日ごろの絶え間嘆かれつる、みな慰めてうれしきに、長女もうちまもりて、「御前には、いかが、ものの折ごとに思し出で聞こえさせ給ふなるものを。たれも、あやしき御長居とこそ侍るめれ。などかは参らせ給はぬ。」と言ひて、「ここなる所に、あからさまにまかりて、参らむ。」と言ひて往ぬるのち、御返りごと書きて参らせむとするに、この歌の本、さらに忘れたり。「いとあやし。同じ古ごとと言ひながら、知らぬ人やはある。ただここもとにおぼえながら、言ひ出でられぬは、いかにぞや。」など言ふを聞きて、前に居たるが、「『下ゆく水』とこそ申せ。」と言ひたる、などかく忘れつるならむ。これに教へらるるもをかし。
(第五段落) 御返り参らせて、すこしほど経て参りたる、いかがと例よりはつつましくて、御几帳に、はた隠れてさぶらふを、「あれは、今参りか。」など笑はせ給ひて、「にくき歌なれど、この折は言ひつべかりけりとなむ思ふを、おほかた見つけでは、しばしも、えこそ慰むまじけれ。」などのたまはせて、変はりたる御気色もなし。


<指導過程>

●は主な板書事項
①段落の登場人物に注意しながら、全体を大きくつかむ練習をする旨伝える。
②第一段落を音読する。
③少し時間をとって、脚注にも注目させながら、登場人物を挙げさせる。
④その中で、清少納言が宮とは別の場所にいることを理解させる。
 →●第一段落
   ・中宮    = 小二条殿     *二重尊敬
   ・清少納言 = 里(自分の家)  *尊敬語なし
    (背景人物=道隆、伊周、隆家)
⑤この話の背景について、簡単に解説する。
 *道隆死去→伊周・道隆配流→二条邸火災などの歴史的背景について、山本淳子『源氏物語の
   時代』(新潮選書)の該当箇所を印刷して配布し、読み上げながら解説する。
⑥第二段落を音読する。
⑦第二段落は3つの会話から成り立っているが、それぞれの話者を確認する。
⑧経房の話の中に登場する人物を確認し、大雑把な状況をつかむ。
 →●第二段落
   ・清少納言       *謙譲語
   ・右中将(源経房)  *尊敬語
    (話の中 → 中宮・女房たち・宰相の君)
              「たゆまでさぶらふ」
              「をかしうて居並みたりつる」
    *季節は、女房の「折に合」った装束が秋を示すのに、「牡丹」や後に登場する「山吹」が晩春か
      ら初夏を示すので、不審である。史実的には秋の方が都合がよい感じがするので、「牡丹」に
      ついては何か出典があるのかもしれず、「山吹」については、萩谷朴氏の主張する「返り咲き」
      なのかも知れない。
⑨源経房については、「頭の弁の」(第一二九段)、「跋文」にも登場していたことを確認する。
⑩第三段落を音読し、同様に登場人物を挙げさせる。
 →●第三段落
   ・清少納言
    (思い出 → 中宮・女房たち)
⑪第四段落を音読し、清少納言の相手となる二人の人物を本文中の言葉で抜き出させる。
 →●第四段落
   ・清少納言
   ・長女  (「仰せ書き」ではない手紙=山吹の花びら一重=「言はで思ふぞ」)
   ・前に居たる(=後に「童女」として登場する)
⑫第五段落を音読し、登場人物を挙げさせる。
 →●第五段落
   ・清少納言 =「つつましくて」        *謙譲語
   ・中宮   =「変はりたる御気色もなし」 *二重尊敬
⑬第一段落~第五段落の中で、大きく場面が展開しているのはどこか考える。
 →第五段落 (場面が、清少納言の里から小二条殿へ変化する)
⑭場面が大きく転換するきっかけとなったものは何か。
 →長女が持ってきた中宮の手紙
⑮手紙について、どのようにして届けられたのか、どのような内容だったのか、などを確認してまとめる。

<補足>

 この指導を通して、この話の概要と、第四段落における中宮の手紙の重要性が認識できたと思われる。その手紙の内容の理解が、この教材の大きな学習指導目標となるので、動機づけとしてはうまくいったのではないかと思う。
 以後、本文の訳読に入り、この手紙の意味することを捉えることを目標として指導したが、それについては、予習用プリント(「読解のポイント」)の4・5の演習を通して考えた。
 なお、この章段の背景を知る上で、前掲の山本淳子『源氏物語の時代』(新潮選書)は有効である。タイトルには『源氏物語』とあるが、むしろ、『枕草子』や『大鏡』の指導の際に活用できそうである。この本のさらなる活用法も含めて研究したい。