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心内語を見つける練習授業


心内語を見つける練習



 現在、2年生の古典B(3単位)では「三省堂古典B」の教科書を使用している。ところが、この教科書では、代表的な教材である『源氏物語』「北山の垣間見」の本文に誤りがあることが分かった。心内語に関わる部分の校訂ミスなのであるが、そのことを生徒に伝えるついでに、心内語に関する簡単な演習をやってみることにした。その際のメモである。


なぜ心内語が重要か

●地の文だと、尊敬語の敬意は
  作者(語り手)→動作主
になりますが、会話文(心内語)だと、
  会話主(心内語主)→動作主
になります。

●さて、会話(心内語)では基本的に自分に尊敬語をつけることはないので、会話部分(心内語部分)で尊敬語がでてくれば、その部分の主語は会話主(心内語主)でないことが分かります
 会話は最初から「 」がついていますが、心内語には「 」がついていないので、引用の 「と」に注目しながらそこからさかのぼり、その範囲を確定することが正確な解釈には必要になります。というのも、心内語であることに気づかず、地の文として敬語を処理する=主語を考える、といったことをすると、解釈を間違ったりすることにつながる場合があるからです。


心内語を見つけるポイント

●心内語は、引用の「と」からさかのぼってその始まりを探しますが、本来「。」がつくはずのところが「、」になっていると、それはその部分が心内語の中に含まれていることを、つまり、「 」を付した場合に「。」になることを示唆しています。(こういう校訂をするのが普通です。)
 そこで、本来「。」になりそうなのに「、」になっている部分を見つけると、そこよりも前の箇所から心内語が始まっているのではないかと判断することができます

●「三省堂古典B」の「北山の垣間見」の最終段落は、

 ①あはれなる人を見つるかなかかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よく、さるまじき人をも見つくるなりけりたまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよ、をかしう思す。
 ②さても、いとうつくしかりつる児かな、何人ならむ、かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばや思ふ心、深うつきぬ。

となっているのですが、太字にした「」に注目すると、
最初の①では、
 ①-1 一文目の「あはれなる人を見つるかな。」では、「見つるかな」の「かな」が終助詞で、これを発言している人の心情が直接表明されている印象がある。
 ①ー2 続く二文目の「かかれば、~見つくるなりけり。」では、文末の「けり」が「なりけり」の形になっており、「詠嘆」の意であることが分かるから、ここも発言者の心情が直接表明されている印象がある。
 ①ー3 そして、三文目「たまさかに~見るよ」では、文末の「よ」が終助詞であり、それを引用の「と」が受けている。
ということになり、「あはれなる~」からが心内語であると判断できます。
続く②では
 ②ー1 一文目の「さても、~児かな、」では、「かな」が終助詞。
 ②ー2 二文目の「何人ならむ、」は、形の上では判断が難しいが、文末の印象。
 ②ー3 そして、三文目「かの人の~見ばや」では「ばや」が終助詞。
となっており、ここも「さても、~見ばや」が心内語と考えることができます。
 結果として心内語に「 」をつけると、次のようになります。

 ①「あはれなる人を見つるかな。かかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よく、さるまじき人をも見つくるなりけり。たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよ。」と、をかしう思す。
 ②「さても、いとうつくしかりつる児かな。何人ならむ。かの人の御代はりに、明け暮 の慰めにも見ばや。」と思ふ心、深うつきぬ。

●ところが、「三省堂古典B」の本文では、
 ①では、それぞれの文末が全部「。」になってしまっている
 ②では、それぞれの文末が全て「、」になっている。
ということが分かります。
 小学館新全集を調べてみると、①の部分も②の部分もすべて「、」に校訂してあり、これはこの教科書の単純なミスのようです。正しくは、

 ①あはれなる人を見つるかな、かかれば、この好き者どもは、かかる歩きをのみして、よく、さるまじき人をも見つくるなりけり、たまさかに立ち出づるだに、かく思ひのほかなることを見るよと、をかしう思す。
 ②さても、いとうつくしかりつる児かな、何人ならむ、かの人の御代はりに、明け暮れの慰めにも見ばやと思ふ心、深うつきぬ。

となっていなければいけません。

●というわけで、教科書の①の部分の「。」は「、」に訂正することになりますが、そのことと関連して、心内語の範囲を見つける際の一つのテクニックとして、本来「。」になるはずのところが「、」になっている ということに注目するのだということを覚えておきましょう。


心内語の練習問題


 授業では、上記メモをもとにして教科書の誤りを訂正した上で、用意したプリントで心内語を見つける練習をしてみました。急に準備したプリントなので、あまりイイ例(難易度が適当な例)が見つからず、『源氏物語』からの例文が中心の難易度の高いものになってしまいましたが、「心内語は「。」になるはずの「、」よりも前から始まる」ということだけでも、理解させるようにしてみました。ご参考までに。
 ちなみに、二番目の例(物の怪出現)では、「○○だに…、まして~」の文型が「 」の始まりを見つけるヒントになることについても指摘可能です。

心内語練習問題

○『更級日記』(あこがれ)
 夢に、いと清げなる僧の、黄なる地の袈裟着たるが来て、「法華経五の巻を疾く習へ。」と言ふ見れど、人にも語らず、習はむとも思ひかけず、物語のことをのみ心に占めて、我はこのごろわろきぞかし、盛りにならば、容貌も限りなくよく、髪もいみじく長くなりなむ、光の源氏の夕顔、宇治の大将の浮舟の女君のやうにこそあらめ、思ひける心、まづいとはかなくあさまし。

○『源氏物語』(物の怪出現)
 あな心憂や、げに身を棄ててや往にけむ、うつし心ならずおぼえ給ふ折々もあれば、さならぬことだに、人の御ためには、よさまのことをしも言ひ出でぬ世なれば、ましてこれはいとよう言ひなしつべきたよりなり思すに、いと名立たしう、ひたすら世に亡くなりてのちに恨み残すは世の常のことなり、それだに人の上にては、罪深うゆゆしきを、うつつのわが身ながらさる疎ましきことを言ひつけらるる、宿世の憂きこと、すべてつれなき人にいかで心もかけ聞こえじ、思し返せど、「思ふもものを」なり。

○『源氏物語』(女三宮の降嫁)
 (紫の上ガ)御衣どもなど、いよいよたきしめさせ給ふものから、うちながめてものし給ふ気色、いみじくらうたげにをかし。などて、よろづのことありとも、また人をば並べて見るべきぞ、あだあだしく心弱くなりおきにけるわが怠りに、かかることも出で来るぞかし、若けれど中納言をばえ思しかけずなりぬめりしを、(源氏ハ)我ながらつらく思しつづけらるるに、涙ぐまれて、

○『源氏物語』(女三宮の降嫁 *一部本文改変)
 年ごろ、さもやあらむ思ひしことどもも、今はのみもて離れ給ひつつ、さらばかくにこそはうちとけゆく末に、ありありて、かく世の聞き耳もなのめならぬことの出で来ぬるよ、思ひ定むべき世のありさまにもあらざりけり、今よりのちもうしろめたくぞ思しなりぬる。

(pdf版模範解答は「こちら」から。)


2018-03-30



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