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咲き始め




過去・完了の助動詞の考え方

困った助動詞 

 古典の授業をやっていてけっこう困るのは、いわゆる「過去」と「完了」の助動詞である。なぜ困るのかと言えば、文法書の説明が、つまり、私たちが基本的に生徒に対して行う説明が、実際の本文の読解の際に矛盾を引き起こしたり、文法のための文法といった感じの説明になってしまったりすることが多いからである。いわゆる読解文法の弱点であり、気分がよくないのである。
 一般的な説明の要点を示しておく。

○過去の助動詞

  「き」(体験過去)=自分自身が体験した過去だとの認識・判断を表す。
              ~タ。
  「けり」(伝聞過去・詠嘆)=自分自身が体験していない過去だとの認識・判断を表す。
              ~タ、~タソウダ、~タナア(詠嘆=気づき)。

○完了の助動詞

  「つ」(完了・強意)=多く意志的な動作を表す動詞について、
               話し手のそうなるのは確かだという判断・認識を表す。
              ~タ、~シマウ、~テシマッタ、キット(強意・確述)
  「ぬ」(完了・強意)=多く自然的な作用を表す動詞について、
               話し手のそうなるのは確かだという判断・認識を表す。
              ~タ、~シマウ、~テシマッタ、キット(強意・確述)
  「たり」(存続・完了)=「てあり」から変化したもの。
              ~テイル、~テアル、~タ。
  「り」(存続・完了)=「あり」から変化したもの。「たり」との違いは「接続」だけ。
              ~テイル、~テアル、~タ。

なぜ困るのか

 過去の助動詞に関しては、例えば『徒然草』などでは上記の説明が比較的うまく機能するのだが、『源氏物語』になると、とたんに怪しくなる。そこで、語り手という存在を持ち出して糊塗することになるのだが、鋭い生徒の質問にタジタジという場面に出くわすことになる。
 完了の助動詞となっては、さらにあやふやとなる。まず、基本的に同じ「~タ」という訳になる過去との違いを説明することになるが、いわゆるテンス(=時制)とアスペクト(=動詞を中心として、進行や継続、開始や終始、反復などを現在から認識する仕方)の違いをごく単純に説明した上で、さらに、上述のように、基本は「確かだ」ということを表すから、未来のことにも使えたり、推量の助動詞とともに使われると「強意・確述」といった意味を表すようになると説明するのだが、これが自分でも納得しきれていない。
 さらに、「つ」と「ぬ」については、上述のように、上接する動詞に違いがあるということで説明をにごすが、これではそもそもの二つの助動詞の違いの説明にはなっていないのである。
 「たり」「り」については、基本的に「~テイル」と存続で訳すことが大事で、それがうまく行かなければ「~タ」と訳し、そういう場合「完了」の意味となると教えるのだが、これなどは文法のための文法といった感じで、我ながら恥ずかしい限りである。

最新の学説はどうか

 昨年12月に出た藤井貞和氏(立正大学教授)の『日本語と時間』(岩波新書)は、この「き・けり・ぬ・つ・たり・り」に加えて、「けむ」(過去推量)と、語の構成要素としての「あり」を加えた八語について分析した本である。著者独特の文体と、それほど効果的とは思えないイラスト(krsm四面体)のせいで、読みやすい本ではないが、取り上げられている例が教科書などに多く採用されている作品・部分のものが中心で、参考になる。ただし、学校現場が求めるような形で結論が示されているわけではなく、うまくここに要約を示すことはできない。(それほどきっちり理解できていない…)
 今年の3月に刊行された井島正博氏(東京大学准教授)の『中古語過去・完了表現の研究』(ひつじ書房)は、浩瀚な専門書ではあるが、『源氏物語』を主として取り上げてあることもあり、論理を正確におっていくと、きわめて明確な論理体系となっていて勉強になる。現場の教員としては、今後その論理体系が広く機能するのかを実際の教材に沿って確かめることと、それを古典教育の中にどう位置づけて実践していくのかということを追求することが課題となろう。
 その精密な論理を要約して示す力が私にはないので、詳しくは実際に『中古語過去・完了表現の研究』を手にとっていただくしかないが、その骨格だけをメモしておきたい。

「き・けり」

1 物語時(物語の中の時間)と表現時(話し手・聞き手の時間)を区別する。
 *これは、現場の教員にとっては、敬語の説明と同じ構造であり理解しやすい。
2 そして、この二つの世界を結びつける際に、語り手が、物語世界の出来事を出来事に密着してあたかも物語世界の中にいるかのように描く(ウチの視点)のか、その出来事を別次元の表現世界にいるものとして描く(ソトの視点)のかを区別する。
3 表現時の現在は、一般に物語時の未来に定位され、そこから振り返る形で物語が語られる場合が多い。つまり、物語時現在は、定位された表現時現在に対して相対的に過去として位置づけられることになり、これを「相対時制過去」と呼ぶ。(もちろん、物語時過去、物語時未来、表現時過去、表現時現在、表現時未来なども理論的に仮構できる)
4 この相対時制過去を表現するのに「けり」が用いられる
5 物語時制過去、表現時制過去を表現するのに「き」が用いられる

「つ・ぬ・たり・り」

1 事態(動作と状態)の表現時に対する前後関係を示すシステムが絶対テンスであり、表現時以前が「過去」、表現時と同時が「現在」、表現時以後が「未来」となる。
2 複数の事態の関係を示す際、一方が他方より「以前」か、「同時」か、「以後」かを示すシステムが相対テンスである。
3 さらに、ある事態の時間的展開について、その事態が時間的展開のどの段階(局面)にあるのかを示すシステムがアスペクトであり、「開始以前」、「開始(発生)」、「継続(動作の進行)」、「終了(完了)」、「終了以後」とする。
4 「開始(発生)」を表現するのが「ぬ」「継続(動作の進行)」を表現するのが「たり・り」「終了(完了)」を表すのが「つ」である。

 ここに示した骨格だけでは、充分に井島氏の考えを説明しきれていないが、従来の読解のための教科書文法に比べると、理論としての整合性が高いことが分かっていただけるのではないだろうか。井島氏の本を読んだ上で、再度藤井氏の本を読むと、さらに理解がしやすくなる。お二人の考え方をもう一度しっかりと理解した上で、実際の読解に結びつけてみたいというのが、今後の私の目標である。

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