梅雨到来

授業LIVE-1 宮沢賢治「永訣の朝」 (1年現代文・1時間目)


 久しぶりに1年生の現代文で宮沢賢治「永訣の朝」の授業を行った。そこで、そのようすをLIVE版として報告してみたい。

<基本情報>

●日 時 :6月●日(●曜日)
●対 象 :1年●組(男子20名、女子19名、合計39名)
●教 材 :宮沢賢治「永訣の朝」
●教科書 :「探求 国語総合」(桐原書店) 59~62ページ

<指導計画>

 詩の単元では、全7時間で、三好達治「雪」、石垣りん「崖」、そして、この「永訣の朝」を扱った。詩の定義と「雪」で1時間、「崖」が3時間、「永訣の朝」3時間である。「崖」の3時間はちょっとかけ過ぎの感もあるが、ここは教育実習生に任せたので、多少余裕を見ておいたのである。

 1時間目の詩の定義では、「詩=表現のオシャレ」(詩人杉山平一氏の『現代詩入門』より)を説明している。生徒たちに「詩を定義してごらん」と求めると、たいてい「自分の思ったことや感じたことを…」と始めるので、「<内容>の定義としてはそれで悪くないけれど、では、随筆とか小説とかとはどう異なるのだろう?」と問いかけて、<表現>の面に注意を向けさせる。その上で、「一行が短く…」といった意見に対しては、吉野弘の「I was born」や長田弘の「あの時かもしれない」などを示して、必ずしも行割りが問題ではないことを指摘したりしながら、リズム(韻律)といったことや比喩といった方向に話をもっていく。そして、最後に、「詩とは、文芸でも表現にとりわけ趣向を凝らした文芸である」ことを伝え、つまり、表現のオシャレが詩なのであるという結論にもってゆくのである。こうすることによって、詩は作者のオシャレ感覚が前面に出てくるため、趣味が合うものと合わないものがあっても仕方ないのだといったことも伝えている。
 続いて、今の定義を三好達治「雪」を用いて具体化する。発問としては、「この詩のオシャレのポイントは何だと思う?」でよい。そうすると、「繰り返し」という答えが得られるので、「では、なぜ太郎と次郎?」と持って行くと、勘の良い生徒は、「三郎、四郎、五郎…」の繰り返しの可能性を指摘してくれ、一件落着となる。ここまでが一時間である。
 その後、実習生による石垣りん「崖」の授業があり(詩の背景となっている歴史的事実を簡潔なプリントにまとめたり、石垣りんの他の詩を紹介したりと、しっかりとした授業を展開してくれたが、ここではそこについては触れない)、それを受けての「永訣の朝」が今回のLIVE版である。
 なお、現代文に関しては、まったく予習は期待していないし、その場で頭を働かせることが重要なので、むしろ予習はするなと伝えてある。

<教科書本文>

永訣の朝             宮沢賢治

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした        (ここまで59ページ)
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに          (ここまで60ページ)
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ           (ここまで61ページ)
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
                                     (春と修羅)

授業LIVE!

(毎回5分程度で行う漢字小テストは省略)
(H:私、A~U:生徒  指名は、毎時多数を指名するので単純に座席順である)

●導入
H:では新しい教材に入りましょう。教科書の59ページ。宮沢賢治といえば? A君?
A:『銀河鉄道の夜』ですか?
H:そうだね。もうすぐ「グスコーブドリの伝記」というのもアニメ化されて映画になる。ますむらひろしさんという漫画家が原案をつくっていて、主人公が人間ではなくて猫になっている。かつては「銀河鉄道の夜」も同じように猫を主人公として映画化されているんだけど、見たことある?
生徒:反応なし。
H:まあ、昔の映画だからね。今度のは、グスコーブドリの声が小栗旬、テーマ曲は小田和正だから、興味のある人は見てみるとイイかもね。原作もなかなかイイですよ。ところで、中学校では何か宮沢賢治はやった? B君?
B:「オツベルと象」をやりました。 
H:なるほど。「よだかの星」なんてやらなかった?
生徒:反応なし。
H:う~ん、時代の流れか…(笑)。さて、ではこの詩に入ります。私の電子辞書には「名作朗読」ってのがついているんだけど、みんなの電子辞書でそういうのがついている人は、この詩がはいっていないか調べてみて。
C:僕の辞書に入ってます。
H:それをすぐに再生でき…(すでに生徒が再生を始めている)。
H:あ、じゃちょっと止めて。では、C君の電子辞書の朗読で味わってみましょう。C君、スピードのコントロールを一段上げて、音量を最大にして、もう一度最初から再生してくれますか。
(朗読を聞く)

●タイトルについて考える
H:さて、どうだった? 電子辞書にも朗読が入っているくらいだから、大変有名な作品です。最初に、タイトルの「永訣」の意味を考えたいんだけど、59ページにそれを考えるヒントとなる表現があるね、Dさん、どれ?
D:「とほくへいってしまう」
H:その通り。これはどういうことを言っているのだと思う?
D:死んでしまうということだと思います。
H:そうだね。では、「永訣」ってどういう意味だと思う? Eさん。
E:死別、永遠の別れっていう意味だと思います。
H:そうです。これは「死別」を美化した表現です(板書する)。では、誰と誰との死別だろう? 詩の中から見つけて。F君。
F:賢治ととし子。
H:正解。では、とし子とは誰?
F:賢治の妹です。
H:そう、賢治の妹です。では、便覧を広げてみて…。
(賢治とトシについて、約5分程度、簡単に解説する。トシについては、2歳年下の妹で日本女子大を卒業した才媛。花巻高等女学校に英語科の教員として勤める。大正11年11月27日、24歳で肺結核のため死去。亡くなったのは午後8時半ころ。なぜ「とし子」となっているのかは、いろいろと想像できると思う、といった内容を、便覧の写真などを見せながら解説する。)

●この詩のオシャレについて考える
H:では、この詩を読んでいくことにしよう。先ず、この詩のオシャレのポイントは何だと思う? Gさん。
G:とし子の言葉が引用されているところだと思います。
H:そうだね。さらに、とし子の言葉の引用にはどんな特色がある?
G:そのままの言葉遣いで、方言になっています。
H:そう。これが一番大きなオシャレだろうね。ただ、聞き慣れない言葉だから、この詩が苦手という人の理由になってしまうかも知れないね。 さて、その他には? Iさん
I:とし子のことばがローマ字になっているところですか。
H:イイ所に気づいたね。そこは目立つところだし、重要なポイントだろうね。他にはどうだろう、J君?
J:う~ん、分かりません。
H:まあ、大きな特色はとし子の言葉なんだけど、全体を見渡して、表記で何か気づかないかな?
J:そうですね、古文の仮名遣いになっているとか?
H:確かにそうだね。でも、それは賢治の時代の表記だったからだろうと思う。現代の人が歴史的仮名遣いで書いたとすると意味が生じるだろうけど、この時代だとこの仮名遣いについてはオシャレとまでは言えないかな。他にどうだろう? K君。
K:科学用語がある。
H:それも賢治の詩の特色の一つ。農学校では地質学なども講じていたので、そういう知識が豊富だったのだと思うし、賢治の世界観・宗教観とも密接に関連しているらしい。それから? L君。
L:平仮名が多い気がします。
H:そう、その通り。「けふ」とか「とほくへ」とか「いつてしまふ」とか、漢字でもいいよね。気づくと、平仮名が多用されていることが分かるね。さて、これは何故だと思う? Mさん、どうだろう。正解があるわけではないので、思ったことをどうぞ。
M:やわらかな感じとか…。
H:漢字に比べると、確かに平仮名は柔らかなイメージだね。どうして柔らかなイメージにしたんだと思う?
M:愛する妹を失った悲しみをデリケートに表現したかったから。
H:なるほど。考えられるかもしれないね。他には? N君。
N:分かりません。
H:何でもいいんだけど…。
N:ちょっと浮かんでこないです。
H:じゃ、仕方ない。何か意見がある人いますか?
生徒:反応なし
H:じゃ、これは私の想像なんだけど、ちょっと教科書の63ページを開いてみて。前にやった三好達治の「雪」があるけど、その詩の下のイラスト(夢枕獏「雪の夜に——三好達治に——」)を見て、何か思わないかなぁ…。思いついた人、手を挙げてみて? Nさん。
O:この平仮名の連続が、空から降ってくる雪を表しているとか?
H:そうそう!そんな風に見えない? 私は、平仮名のつらなりが、空から落ちてくる雪を表しているように思えるんだけどね。どうだろうね…。

●雪に関連する表現などを考える
H:さて、この詩では雪が大切だが、雪を表す表現がいくつかあるから、まずそれを抜き出してみよう。とし子の言葉ではない部分から、ちょっと探してみて。では、59ページに登場するものを順番に指摘して、P君。
P:「みぞれ」、それから「あめゆき」。
H:はい。では、60~61ページに見開きから。Q君。
Q:一度出たのも指摘しますか?
H:一応、指摘してみて。
Q:では、「みぞれ」、「雪」、「みぞれ」、「雪と水との二相系」、「さいごのたべもの」。
H:そうだね。では、62ページからRさん。
R:「雪」と平仮名の「ゆき」、そして「天上のアイスクリーム」…。
H:その通り。では、整理してみると「みぞれ→あめゆき→雪→さいごのたべもの→天上のアイスクリーム」といったところかな(板書する)。途中から表現が変化していることが分かるね。どこから? S君。
S:「さいごのたべもの」からです。
H:そう。実は、これはとし子の死に対する賢治の認識の深まりと密接に関係するので、後でまた考えることにしよう。
H:最後に、ちょっとこじつけくさくなるんだけど、この詩の中に多く登場する、というか、読んでいるとイメージが浮かぶ数字は何だと思う? T君。
T:「2」ですか。
H:例えばどこに出てくる?
T:「ふたつのかけた陶椀」とか「ふたきれのみかげせきざい」、あと「二相系」とか。
H:そうです。では、それと対照的に用いられている数字に気づいた? Uさん。
U:見つかりません。
H:ヒントを挙げよう。すご~く目立つ部分に登場するよ。
U:あ~「Shitori」!
H:そうだね。下の注を見ると「一人」の意味らしい。ね、ここに「2」と「1」との対応が見られて、2だったものが1になってしまう、つまり「永訣」といった感じが出ているのかもしれないね。

H:では、時間になったので、今日はここまで。次の時間に、オシャレのポイントであるとし子の言葉について分析していこう。

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2013-03-16

ビオウヤナギ

初夏の色