梅雨到来

授業LIVE-2 宮沢賢治「永訣の朝」 (1年現代文・2時間目)


 前回の続き。2時間目の授業の様子です。
 なお、当然のことながら、このように整然と授業が進むわけではありません。なかなか答えがかえってこなかったり、さらにヒントを与えたり、ピントがぼけている答えに修正を要求したりしながら進んでいきます。ただ、授業の骨格は、ここに報告できているのではないかと思います。
 板書に関しては、今回はあまり計画的な準備をしていません。生徒たちには、「自分で考えたことや発見したと思うことがあったら、どんどんメモするように」と指示した上で、適宜その場で判断しながら、簡単なメモのような板書をしただけです。この報告の中では、大きな改善の余地がある部分だと思っています。


<教科書本文>

永訣の朝             宮沢賢治

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした        (ここまで59ページ)
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
(あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに          (ここまで60ページ)
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ           (ここまで61ページ)
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
                                     (春と修羅)

授業LIVE!

(毎回5分程度で行う漢字小テストは省略)
(H:私、A~W:生徒  指名は、毎時多数を指名するので単純に座席順である)

●全体の構成・賢治のいる場所
H:今日はオシャレのポイントであるとし子の言葉について考えていこう。まず、前回この詩の全体像みたいなものを勉強したので、それを踏まえて、今日はみんなで音読してみよう。
(全員で音読する)

H:では、この全体を大きく二つに分けてみよう。さて、どこで分けられるかな? A君。
A:59ページの終わりまでと、その続きでしょうか。
H:なるほど。どうしてそこで分けた?
A:59ページの終わりまでが家の中にいた場面で、60ページからは家の外の場面だと思います。
H:59ページまでが家の中にいると、どの表現で分かる?
A:「おもてはへんにあかるいのだ」とか。
H:では、外に出たことはどこで分かる?
A:「このくらいみぞれのなかに飛びだした」
H:そうだね。うまい所をみつけたね。ただ、私が考えている切れ目はそこではないので、もう一度考えますが、A君の気づいた場所の移動は重要です。そこで関連した問題だけど、家の中にいることと外に出たことで、はっきり書き分けられている表現があります。見つけてみよう。Bさん。
B:見つかっていません。
H:ヒントは、みぞれに関連する表現。
B:「びちよびちよふつてくる」と「びちよびちよ沈んでくる」。
H:正解。後者は、みぞれの真下、つまり、外に出ている感じがしますね。
C:ってことは、「(あめゆじゆとてちてけんじや)」の繰り返しは…
H:何、C君?
C:「(あめゆじゆとてちてけんじや)」が4回出て来ますが、外では聞こえないだろうし…
H:そうそう、イイことに気づいたね。それについては、また後で考えます。とりあえず、二つに分けることに戻って、60ページでないとするとどこがいいかな? Dさん。
D:う~ん、分かりません。
H:ヒントを挙げよう。記号とかが使われていて、いかにも切れ目らしくなっています。
D:60ページの最後の行のところですか?
H:そう。そこに「……」がついていて、そこは時間が経過している感じがします。そこが切れ目として、その前後の内容をまとめると? Eさん。
E:前半は、とし子に頼まれごとをして、家から外へ取りに出る様子。後半は、家の外で実際に雪を取ろうとしている様子だと思います。
H:うまくまとめてくれたね。その通りだと思います。(板書する) ちなみに、前回やった雪の表現に注目すると、切れ目よりも前が「みぞれ→あめゆき→雪」、後が「さいごの食べ物→天上のアイスリーム」だから、後半には賢治の認識の深まりがあるように思います。その辺りを読んでいくことにしよう。

●4つの「(あめゆじゆとてちてけんじや)」を考える
H:では、さいしょのオシャレのポイントである「(あめゆじゆとてちてけんじや)」について。さっきC君が言いかけていたんだけど、この言葉は4回繰り返されているけど、実際に賢治が聞いたのはどれだろう? Fさん
F:全部聞いたんじゃないんですか?
H:実際に聞いたと思われるものと、それを心の中で繰り返しているものとがあると思うんだけど…。賢治がいる場所で考えると?
F:最初の二つは賢治が家の中にいる時で、残りの二つは賢治が外にいる時…。だから、最初の二つということですか?
H:そう、場所で考えるとそうなると思うね。部屋の中にいた賢治が、とし子から「雨雪を取ってきて」と頼まれ、外に出た後で、その言葉を心の中で繰り返しながら、その言葉の意味するところを考えているということでしょう。2回目のはとし子が依頼を繰り返したとも、賢治が心の中で反復しているともとれる。

H:では、頼まれた後の賢治の行動を抜き出すと? G君。
G:「わたくしはまがつたてつぱうだまのように このくらいみぞれのなかに飛びだした」
H:面白い表現で、教科書でも問題がついています。賢治のどういう様子の比喩かな? I君。
I:ひどく急いでいる様子。
H:どこでそう思う?
I:「てつぱうだま」というのがスピードを表していると思います。
H:そうだね。サッと行動する様子。ちなみにやくざの世界では、行ったきりで戻ってこない、つまり、敵をやっつけに行く若くて行動的な人を「鉄砲玉」というんじゃないかな、確か。まあ、余計な話でした。ところで、「まがつた」はどんな感じだろう? Jさん。
J:柱とか壁とかを避けながら部屋の中を走り抜けていく様子を表していると思います。
H:なるほど。そういう解釈もあると思うね。私としては、「まっすぐ」でないところに、賢治の混乱した気持ちが読み取れればいいのではないかと思います。(板書する)
H:では、難しい問題に入ります。この4回も賢治が心の中で繰り返すとし子の言葉だけど、賢治はこの言葉の意図をどんな風に解釈したのだろう? 抜き出してみて。Kさん。
K:「わたくしをいつしやうあかるくするために」だと思います。
H:そう。では、なぜ「あめゆじゆ~」が「わたくしをいつしやうあかるくするために」ということになるんだろう。これは詩の中には直接答えがないから、各自で考えて、ノートに箇条書きでもイイから考えたことをメモしてみよう。では、L君。
L:とし子は、雪を頼むことで、賢治を病室から外へ行かせた、つまり、賢治の好きな自然の中に行かせたのだと思います。
H:暗い死の空間から、自然の空間へと賢治を解放したという読みだね。イイ意見だと思います。(板書する) もう少し聞いてみよう。Mさん。
M:病気の妹を前にして何もしてやれないでいる自分に、簡単な仕事を頼むことで、達成感というのは変だけど、何かしてやったみたいな満足感を感じるきっかけを与えてくれた、そんな風に賢治は感じたのではないかと思います。
H:これも説得力がありますね。何もしてやれなかったという後悔に苛まれないように、最後の願いを叶えてやったという満足感を与える、そのためにとし子は賢治にあめゆきを頼んだ、そして、それに賢治も気づいたということですね。その通りだと思います。

H:さらに言うと、とし子が頼んだものは何だっけ?
M:あめゆき…
H:それを、賢治は前半部分でどう表現している?
M:「銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの/そらからおちた雪のさいごのひとわん」
H:そうだね。単に頼んだというだけでなく、何を頼んだのかも重要で、天からの贈り物を私のところに持ってきてほしいと頼んだことも大切だろうね。(板書する) 他に意見はありますか?
H:では、そのとし子の思いを感じ取った賢治はなんと言っていますか、抜き出してみよう。Nさん。
N:「ありがたうわたくしのけなげないもうとよ」 
H:そして、どういう決意をしますか? ついでにNさん。
N:「わたくしもまつすぐにすすんでいくから」
H:そう。ここに、「まっすぐ」があることが印象的ですね。さっき外に出たときは「まがつたてつぱうだま」だったんだからね。

●(Ora Orade Shitori egumo)を考える
H:では次に、印象的なローマ字表記の部分を考えよう。まず、この意味は? O君。
O:「私は私でひとり行きます」
H:「行きます」ってどういうこと?
O:死んでいくということだと思います。
H:そう。つまり、死を決心した言葉ですね。賢治にはどんな風に聞こえた? P君。
P:どういう風に聞こえたというのは?
H:賢治はこの発言をどう解釈したのだろう?
P:妹が一人で死ぬ…と。
H:そういうことなんだけど、一人で死んでいきますという言葉は、賢治に対する何になる?
P:別れの挨拶とか…
H:そうそう、そういうこと。つまり、死を決心したとし子の、賢治に対する決別の、永訣の宣言みたいなものですね。(板書する) 果たして賢治はそれを素直に受け止められたのか。まあ、こう質問すると、当然受け止められなかったという答えを予期しているわけだけど、さて、このこととローマ字表記との間にはどんな関係があるのだろう。
H:難しいので、ちょっとヒントを。ローマ字っていうのは、一般に日本語の何を表していると思いますか? Qさん。
Q:発音?
H:そうですね。つまり、ローマ字は発音を表していて、賢治はとし子の言っている言葉の発音は分かったんでしょう。では、何が分からなかったのだと思う? Rさん。
R:言っていることの内容とか、意味とか。
H:その通りです。「(Ora Orade Shitori egumo)」という発音は耳に入ったが、とし子が何を伝えようとしているのかは、まるで外国語みたいで分からなかった、ということでしょう。
S:方言だからですか?
H:そうじゃない。いつも二人でしゃべりあっている言葉なんだから。ここは、とし子からそんな発言を聞くとは思ってもみなかった、予想外の言葉で受け入れられないといったことでしょう。では、何が受け入れられないのだろう? T君。
T:とし子が一人で死んでしまうこと。
H:はい。そういうことでしょうね。つまり、最愛の妹の死を受け入れられないということでしょう。(板書する)
H:ところで、この発言はいつなされたんだろう? U君。
U:いつって言うのは?
H:今賢治はどこにいるの?
U:家の外の雪の中。
H:だから、この発言を今、直接聞いたわけではないでしょ。いつ聞いたんだろう?
U:家の中にいた時。
H:そうだよね。「あめゆじゆ~」との前後関係を想像すると?
U:「あめゆじゆ~」より以前かも知れません。
H:私もそう思います。外に出て、妹の優しい心遣いに気づき、その妹の最後の食べ物を採取しようとする中で、もう一度妹の言葉を思い出したのでしょう。
H:ところで、この(Ora Orade Shitori egumo)の前後には似た表現があるけど、よく比べると何かが違うでしょ? V君。
V:(Ora Orade Shitori egumo)の後ろには、「ほんとうに」というのが付け加わってます。
H:そう。では、(Ora Orade Shitori egumo)の前の行では、一体何と「わかれてしまふ」なんだろう? Wさん。
W:「みなれたちやわんのこの藍のもやう」
H:では、(Ora Orade Shitori egumo)のあとの「わかれてしまふ」は何と、あるいは誰と? ついでにWさん。
W:賢治と。
H:つまり、(Ora Orade Shitori egumo)の前後で賢治の認識が深まっているわけです。雪の中で最後の食べ物をとるという行為をする、その中で、二人が子どもの時からず~っと使ってきた茶碗を改めて目にする、そして、とし子の(Ora Orade Shitori egumo)という言葉を思い出しながら、とし子の死を理解する。とし子の言葉を雪の中で深く理解していっているわけです。(板書する)

H:では、今日はここまで。

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2013-03-16

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