うかい亭

東京学芸大学での例会講演記録


 1月30日(水)に東京学芸大学の国語国文学会例会で話した内容を、『学芸国語国文学』に掲載する彙報用ということで、学生さんが文章化してくれました。約1時間の話をA4版2枚にまとめるのは、テープ起こしとは違った大変さがあったと思いますが、言いたかったことをきちんと踏まえ、コンパクトにまとめてくれてあります。
 そこで、その原稿に加筆する形で掲載してみることにします。骨格はそのままで、量的には2倍くらいになっています。当日配布した資料(教科書本文、私の授業用メモ、など)がないとわかりにくい部分もあると思いますが、話したことのおおよその内容はお分かりいただけるのではないかと思います。


「授業をつくる~高校国語を例に~」  

これまで赴任してきた高校

 初任校は、いわゆる困難校でしたが、先生同士の仲が良く、色々なことを教えていただきました。特に、学級通信を書くことを学び、現在でもほぼ毎日出しています。
 二校目は、下町の優秀な伝統校であり、この異動については「垂直異動」とよく笑われました。その学校がコース制を採用した際の1期生と5期生を担任し、その二度の担任を終えたあと、教員15年目ということもあって、大学院設置基準14条派遣を利用して東京学芸大学大学院にお世話になりました。大熊先生や千田先生の研究室で、有意義な学生生活を送ることができました。一年目に単位を全て取得し、二年目は定時制に勤務しながら論文を書きました。
 三校目がその定時制で、当時東京都の高等学校改革の中で誕生した「チャレンジ・スクール」に行きました。1期生を担任し、三部制の二部(昼間部)と三部(夜間部)の授業を担当しました。
 そして、四校目が今勤務している日比谷高校です。進学指導重点校です。


指導過程の研究

 教員の仕事は、国語指導の割合は全体の五分の一から五分の二くらいで、残りは授業以外の仕事が多いのですが、そのなかに例えば進路指導があります。日本進路指導協会の季刊誌「進路指導」という雑誌から、「キャリア教育としての国語教育に求められているもの」というテーマで原稿依頼を受けましたが、私は特に進路指導に見識があるわけではなく、内容は主として国語科教育に重点を置いて書きました。その主な内容は、講義形式ではない、発問・応答という生徒とのコミュニケーションを中心においた授業の重要さと、そのための指導過程研究の重要さについてです。ただ、そこに述べたことは自分なりに大切だと思い、具体的な実践例を付け加えて「宮澤賢治「永訣の朝」授業ライブ」という原稿にまとめ直し、『学芸国語教育研究』に投稿しました。まもなく発行されると思いますので、ぜひお読みいただき、いろいろと批判しながら授業をつくる参考にしていただければと思います。
 今日は、それ以外の教材を題材にしながら、私がどんな風に指導過程の研究をしているのか、いくつか具体的な例を示してみたいと思います。


「羅生門」の指導

 ほとんどの高校生が学ぶ教材で、日比谷では一年生の最初の教材になります。生徒たちはまだ仲良くなっていない段階なので、ごくオーソドックスに授業を展開します。まじめな時期でもあり、範読しても寝たりしないので(笑)、私が全体を読み聞かせます。指名してつっかえつっかえ読ませるよりも、理解が進むからです。なお、現代文については「予習をするな」と言っています。読みながら分からない言葉に印を付けるのも、辞書を引くためではなく考えるためです。
 実際の授業では、なるべく最初にその日の学習の目標を言うようにしています。また、発問によって本文に何度も目を通させます。板書では後に書き足す行は空けておくよう指示します。生徒たちは「何を書き足すのだろうか」と期待します。
 さて、お手元の指導メモにある通り、この時間の授業のキーワードは「境界」です(洛中と洛外の境界、昼と夜の境界、時代の境界、季節の境界、大人と子どもの境界)。 ただし、最初から「境界の物語」と言ってしまうと面白くありません。生徒自身にこのキーワードを見つけさせるための指導手順、つまり、生徒の印象に残るような指導過程(発問や板書)の研究が大切なのです。指導メモでいえば、網掛けの部分を本文から探させて板書しながら整理し、その共通点を考えさせるという手順を踏みました。つまり、本文の中にある具体的な表現をピックアップし、その共通点を抽象化させるという手順です。この具体化と抽象化ということを意識して、それを発問の中に生かすと、読解力がより深まります。
 なお、定時制では「羅生門」を全部読むのは厳しい場合もあると思います。そういう場合は、例えば老婆の論理の部分だけを取り出し、干したヘビを干した魚と偽って売っていた女の例などを、ハンバーガー屋の都市伝説?などと結び付けたりして、生徒の興味を引き出すことなどが考えられます。
 下人の置かれた状況を「派遣切り」と喩える授業もありました。面白い読みだと思いますが、このような読みを教員が提示するのではなく、生徒から引き出す授業展開や発問の工夫が重要です。なお、下人が刀を持っていたり、草履を履いていたりすることから、派遣的な身分と考えられるかは微妙だと思います。


『徒然草』「仁和寺にある法師」の指導

 古典についても例を挙げてみます。対象は高一です。生徒の状況に応じて、現代語訳は配ってしまっても良いと思います。授業時間が少ない現状では、現代語訳の更なる活用も重要なテーマです。
 この教材では、第二段落の法師のセリフから「係り結び」をみつけ、強調されているものは何かを考えさせることがポイントになると思います。ここに法師の失敗が読みとれるからです。また、過去の助動詞の「き」と「けり」の学習にも適しています。なお、「係り結び」は、形だけ指摘させて終わりという指導をよく見ますが、これでは「文法のための文法」といった授業になってしまいます。強調である以上、どの語句を強調しているのかということをしっかり意識させ、それを訳や鑑賞に結びつけないといけないと思います。
 「法師が失敗をした理由にあたる言葉を抜き出しなさい」という発問に対しては、文末の「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」という一文と関連する感じがするのか、「ただ一人」がよく挙がりますが、正解は「徒歩より」でしょう。たとえ一人でも、舟で行けば参詣の話題が出たり、知り合いができたりして、恐らくこの失敗はなかったはずです。舟で行くよりも自分の足で苦労して行く方がいいという独りよがりの思い込みがあったから失敗したのであって、だから兼好は記録したのでしょう。舟で行かなかった理由として「船酔いするから」といったことを挙げる生徒もいますが、そんな理由なら兼好は記録しなかったはずです。なお、安良岡康作先生の本にも、この点に関連する指摘があります。ここを読み取らせると、単に訳しただけとは違い、面白さが伝わるのではないかと思います。


『枕草子』「二月つごもり頃に」の指導

 次は少し難しめの教材で、対象は高三です。準備せずに頭から訳していくと、単に難しいだけとなってしまいがちな教材なので、先に全体を見渡す発問を考えます。例えば、過去の助動詞「き」に注目しながら清少納言の経験を述べた章段、つまり回想章段であることを考察の出発点として、そこから、明示されていなくても、登場人物の中に彼女自身が想定できることなどを理解させます。また、場所や季節を表す言葉を指摘させて、場面設定をしっかりと確認します。
 なぜ清少納言は清涼殿にいるのか。それは定子がいるからです。「上のおはしまして、大殿ごもりたり」とあり、「大殿ごもる」は「寝」の尊敬語で「お休みになる」と訳しますが、「まあ、お二人ですから「お休み」にはなっていないでしょうね…」などとジョークを言って笑わせます。黒戸で控えている清少納言を、宰相たちが試したことの確認までしてから徐々に読み進んでいきます。
 繰り返しますが、この教材では場面をとらえさせる発問を考えるのがポイントだと思います。もちろん、和歌のやりとりといった、現代の高校生が知らない古典常識の解説も大切です。こういう時、うまい例を挙げながら、どれだけうまく生徒に雰囲気をつかませられるか、また、興味・関心を引き出せられるかに教員の力量がかかっているといえるでしょう。下調べの段階で調べたことをそのまま伝えるのではなく、それをどう上手に伝えるか、その工夫も大事です。


質疑応答

Q 普段の文法指導はどのように行っていますか。
A 文法がなければきちんと正確には読めません。現任校は進学指導重点校ということもあり、文法はしっかりやります。指導する際には、覚えることと考えることの区別をはっきりさせることが大切です。例えば尊敬・謙譲・丁寧の区別は暗記、「誰が誰に」は考えることです。また、助動詞の活用表は暗記しなくても「縦に探す」「横に探す」と、自在に活用できるようにするところから導入します。用言はある程度暗記させることも中堅校以上では必要でしょう。文法が正確な解釈や鑑賞に結びつく例を意識して、そういうことをうまく指導過程の中に位置づけられるよう、日常的に工夫することが必要でしょう。

Q 国語科教育全般において、日比谷高校だから重点をおいてやっていることはありますか。
A これまた進学指導重点校と関連しますが、有名私立大学や国公立大学への進学を意識して、小論文などの添削指導をしっかり行っています。最近は語彙力が不足しているので、漢字や現代文単語などの語彙指導もかなり力を入れています。家庭学習用の副教材を用意して自習させる一方、重要な基礎事項については、一年生と二年生で同じ教材を繰り返し使い、知識の定着をはかったりしています。なお、漢字指導ですが、動機付けをしっかりとやると定時制などでも喜ばれ、生徒たちが積極的に取り組むようになります。

Q 偏差値の低い生徒に対する古典の指導のあり方はどうですか。
A 『平家物語』など、文法に頼らなくても、ストーリー性に重点をおいて鑑賞できる作品もあります。先ずはイイ教材を見つけることでしょう。辞書を引かせることから文法に興味を持たせます。低学力だと、作業的な要素を好む傾向もあります。現代語訳の活用、視聴覚教材の活用も視野に入れながら、目の前の生徒たちをよく見て工夫するしかないと思います。ただ、古典は、古典を読むことによってしか受け継がれないものですから、その意識を根本において工夫をしたいと思います。

Q 多様な読みの保障はどのようにすれば良いですか。
A これはなかなか難しく、うわべだけの自由の保障になりがちですね。多様な読みを認める教材と、そうでない教材を年間指導計画の段階で意識することが大切です。また、多様な読みを引き出すだけの我々の力量も問われます。

Q 何年勤めると自信が持てますか。
A 都立高校はそれぞれの学校で生徒の気質やレベル、また、それに従って指導方法も違ってきます。ですから、一年経って…とかの形では答えにくいですね。去年よりちょっとでも良い授業ができているように…と思っていますが、いまだに自信は持っていません…という模範解答で(笑)。

Q 意欲がない生徒に対して辞書を楽しく引かせるコツは?
A 辞書を学校で購入し、実際に手に持たせることが先ず大切です。そして、常に使うようにして、使うクセをつける、競争で引かせる、といった工夫が考えられます。

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2013-03-16

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