『史記』「鴻門の会(樊噲、頭髪上指す)」の授業ライブ
基本情報
●日 時 11月●日
●対 象 2年●組(男子20名、女子19名)
●教 材 『史記』「鴻門の会」(樊噲、頭髪上指す)
●教科書 第一学習社「古典」(漢文編 pp43~44)
授業の背景
・前期中間考査前に、「蟷螂之斧」「病入膏肓」を学習した。
・前期期末考査までに、「鼓腹撃壌」「嚢中之錐」を学習した。
・後期中間考査までは、「鴻門の会」の「項羽、大いに怒る」「剣の舞」「樊噲、頭髪上指す」「沛公、虎口
を脱す」を学習する予定である。(教科書 pp40~47)
・3単位の古典のうち、2時間を古文、1時間を漢文に当てているため、漢文に関しては今までに充分な学習
量が確保できていない。そのため、指導者間で話し合って、後期中間考査までは、古文よりも漢文に比重を
おき、この定番教材をしっかり学習することにした。
授業の流れ
・第一時
①司馬遷と『史記』に関する簡単な解説
(板書例)
「史記」
○中国の正史(勅選の歴史書=二十四史)の最初
・司馬遷は「太史公行年考」と名づけたが、三国時代頃から「史記」と称されるようになった。
なお、「太子」は記録を司った史官のことで、「太子公」はその敬称。司馬遷のことを指す。
○司馬遷
・李陵事件で宮刑を受け宦官に。(中島敦『李陵』)
○紀伝体(←→編年体)=人物本位。司馬遷が考案したもの。二十四史は全て紀伝体。
○「本紀」=皇帝・王朝の記録
「表」=年表(紀伝体の欠点を補う)
「世家」=諸侯の伝記・記録
「列伝」=人臣の伝記・記録
「書」=文物制度の記録
②「鴻門の会」の背景説明(教科書の解説文を補足する)
③「項羽、大いに怒る」の読み確認
・第二時
①「項羽、大いに怒る」の訳・内容
・第三時
①「剣の舞(前半)」の読み確認
②訳・内容
・第四時
①「剣の舞(前半)」の訳・内容(前時の続き)
②「剣の舞(後半)」の読み
・第五時
①「剣の舞(後半)」の読み確認
②訳・内容
・第六時
①「剣の舞(後半)」の訳・内容(前時の続き)
②「樊噲、頭髪上指す(前半)」の読み
・第七時 (本時)
①「樊噲、頭髪上指す(前半)」の読み確認
②訳・内容
本時の学習指導目標
1 正しく本文を読む。また、それを正しく書き下し文にする。
2 白文で読む。訓点に習熟する。
3 第二段落のコミュニケーションがうまく成り立たない部分を見つける。
教材本文 (第一学習社「古典」漢文編 43~44ページ)
鴻門之会
●項羽、大いに怒る
楚 軍 行 略 定 秦 地、至 函 谷 関。有 兵 守 関、不 得 入。又 聞 沛 公
已 破 咸 陽、項 羽 大 怒、使 当 陽 君 等 撃 関。項 羽 遂 入、至 于 戯 西。
沛 公 軍 覇 上、未 得 与 項 羽 相 見。沛 公 左 司 馬 曹 無 傷 使 人
言 於 項 羽 曰、沛 公 欲 王 関 中、使 子 嬰 為 相、珍 宝 尽 有 之。項 羽
大 怒 曰、旦 日 饗 士 卒。為 撃 破 沛 公 軍。
当 是 時、項 羽 兵 四 十 万、在 新 豊 鴻 門。沛 公 兵 十 万、在 覇 上。
范 増 説 項 羽 曰、沛 公 居 山 東 時、貪 於 財 貨、好 美 姫。今 入 関、
財 物 無 所 取、婦 女 無 所 幸。此 其 志 不 在 小。吾 令 人 望 其 気、
皆 為 竜 虎、成 五 采。此 天 子 気 也。急 撃、勿 失。
●剣の舞
沛 公 旦 日 従 百 余 騎、来 見 項 王。至 鴻 門、謝 曰、臣 与 将 軍 勠
力 而 攻 秦。将 軍 戦 河 北、臣 戦 河 南。然 不 自 意、能 先 入 関 破 秦、
得 復 見 将 軍 於 此。今 者 有 小 人 之 言、令 将 軍 与 臣 有 郤。項 王
曰、此 沛 公 左 司 馬 曹 無 傷 言 之。不 然、籍 何 以 至 此。
項 王 即 日、因 留 沛 公 与 飲。項 王・項 伯 東 饗 坐、亜 父 南 饗 坐、
亜 父 者 范 増 也。沛 公 北 饗 坐、張 良 西 饗 侍。范 増 数 目 項 王、挙
所 佩 玉 玦、以 示 之 者 三。項 王 黙 然 不 応。
范 増 起、出 召 項 荘、謂 曰、君 王 為 人 不 忍。若 入、前 為 寿。寿 畢、
請 以 剣 舞、因 撃 沛 公 於 坐 殺 之。不 者、若 属 皆 且 為 所 虜。荘 則
入 為 寿。寿 畢 曰、君 王 与 沛 公 飲。軍 中 無 以 為 楽。請 以 剣 舞。
項 王 曰、諾。項 荘 抜 剣 起 舞。項 伯 亦 抜 剣 起 舞、常 以 身 翼 蔽 沛
公。荘 不 得 撃。
●樊匍、頭髪 上指す
於 是 張 良 至 軍 門、見 樊 噲。樊 噲 曰、今 日 之 事 何 如。良 曰、甚
急。今 者 項 荘 抜 剣 舞。其 意 常 在 沛 公 也。噲 曰、此 迫 矣。臣 請、入
与 之 同 命。噲 即 帯 剣 擁 盾 入 軍 門。交 戟 之 衛 士、欲 止 不 内。
樊 噲 側 其 盾、以 撞 衛 士 仆 地。
噲 遂 入、披 帷 西 饗 立、瞋 目 視 項 王。頭 髪 上 指、目 眦 尽 裂。項
王 按 剣 而 跪 曰、客 何 為 者。張 良 曰、沛 公 之 参 乗 樊 噲 者 也。
項 王 曰、壮 士。賜 之 卮 酒。則 与 斗 卮 酒。噲 拝 謝 起、立 而 飲 之。
項 王 曰、賜 之 彘 肩。則 与 一 生 彘 肩。樊 噲 覆 其 盾 於 地、加 彘 肩
上、抜 剣、切 而 啗 之。
項 王 曰、壮 士。能 復 飲 乎。樊 噲 曰、臣 死 且 不 避。卮 酒 安 足 辞。
夫 秦 王 有 虎 狼 之 心。殺 人 如 不 能 挙、刑 人 如 恐 不 勝。天 下 皆
叛 之。懐 王 与 諸 将 約 曰、先 破 秦 入 咸 陽 者、王 之。今、沛 公 先 破
秦 入 咸 陽。毫 毛 不 敢 有 所 近。封 閉 宮 室、還 軍 覇 上、以 待 大 王
来。故 遣 将 守 関 者、備 他 盗 出 入 与 非 常 也。労 苦 而 功 高 如 此、
未 有 封 侯 之 賞。而 聴 細 説、欲 誅 有 功 之 人。此 亡 秦 之 続 耳。窃
為 大 王 不 取 也。項 王 未 有 以 応。曰、坐。樊 噲 従 良 坐。坐 須 臾、沛
公 起 如 厠、因 招 樊 噲 出。
授業ライブ
(*授業の最初に行う単語テストなどについては省略)
(H:私 A~I:生徒 毎回大人数を指名するので単純に席順である)
H:前回、「樊噲~」の第一段落の読み方を確認したところで終わったので、今日は第二段落の読みを確認し
てから、内容をみていこう。
では、先ず、第一段落の読みの復習から。教科書の本文を音読しよう。せ~の。
*全員で音読する。
H:では、白文を出してみて。止まらずに読むので、各自鉛筆をもって、うまく読めなかったところがあれば印
をつけておこう。では、せ~の。
*全員で音読する。(私は教科書を見て、少しゆっくりと、注意するところが分かるように音読する。生徒
たちは、白文を見ながら音読する。)
H:読みがはっきりしなかったところを教科書で確認してみて
H:では、もう一度。今度は二カ所訓点をつけるので、そのつもりで。では、せ~の。
*全員で音読する。途中、「交戟之衛士、欲止不内。」「樊噲側其盾、以撞衛士仆地。」の二カ所で立ち
止まり、訓点を施させる。鉛筆で白文のプリントに薄く記入させ、記入できたものから各自教科書で確認
し、確認しおわったら消しゴムで消すように指示してある。
H:ここは、読みや返り点が難しいところはそれほどないね。「今者」の「今」は二回目なので、しっかり復習
しておこう。
H:では、第二段落の読みを確認しよう。では、最初の文から。A君。
A:「かい、ついにいり、ゐをひらきてせいきょうしてたち、めをいからしてこうおうをみる。」
H:よし。では全員で。「かい、ついにいり、ゐをひらきてせいきょうしてたち、めをいからしてこうおうをみ
る。」 A君、注意する字は?
A:ありません。
H:そうだね。ここは、漢字は漢字、送り仮名は送り仮名にすればいいね。では、次、B君。
*以下同様に一文ずつ指名して音読させ、その上で、書き下し文にする時に注意する字(平仮名に直す文字、
置き字)を指摘させて、予習してある書き下し文の確認をさせる。
H:では、次をC君。
C:「すなわち、いっしょうていけんをあたう。」
H:はい、ここはみんな必ず間違うんだけど、C君は肉が好きそうだから、一生豚肩肉が食べられたらうれしい
かもしれないね。「たこ焼き一年分プレゼント!」とかあるけど、「いっしょうていけん」というのは、そ
ういうことなんだろうか?
C:いや、内容まではあまり考えずに読みました。
H:C君の間違いはもっともだと思う。というのも、C君、この発言はどの発言を受けたものかな?
C:「項王曰、賜之彘肩。」です。
H:そう。そこに「賜之彘肩」とあるわけだから、それを受けたこの部分も「一生+彘肩」と考えるのが普通だ
と思う。でもここは違って、「一+生彘肩」で「いちせいていけん」と読みます。
D:先生、「生(せい)」は「なま」ってことですか?
H:そうだろうね。
D:え、じゃあ、生の肉を食べるんですか?
H:ちょっと待ってね。ここは重要なところなので、訳をする時にちゃんと考えます。ただ、この部分の注釈書
などを読むと、当時の中国では、生の肉を食べるということはないと書いてあります。「生」には何か意図
がこめられているということです。まあ、それは後で考えましょう。じゃ、もう一度C君、読んでみて。
C:「すなわち、いちせいていけんをあたう。」
H:はい、その通り。注意する字は?
C:ありません。
H:では、次。
(以下略)
H:今までのところで、書き下し文で質問のある人は? 特にいませんか?
H:では、教科書で本文を通して読んでみましょう。せ~の。
*全員で音読する。
H:今度は白文。止まらずに読むので、読めないところを鉛筆でチェックしながら。せ~の。
*全員で音読する。(私は教科書を見て、少しゆっくりと、注意するところが分かるように音読する。生徒
たちは、白文を見ながら音読する。)
H:もう一度行こう。今度は二カ所訓点をつけるので、そのつもりで。では、せ~の。
*全員で音読する。途中、「客何為者。」「樊噲覆其盾於地、加彘肩上、抜剣、切而啗之」の二カ所で立ち
止まり、訓点を施させる。鉛筆で白文のプリントにうすく記入させ、記入できたものから各自教科書で確認
し、確認しおわったら、消しゴムで消すように指示してある。
H:では、内容を見ていこうと思うけど、その前に、さっき後でといった「生彘肩」に関連してちょっと考えて
おきたいんだけど、実は第二段落では正しいコミュニケーションが成り立っていない部分が3カ所あり
ます。そして、そこがこの段落の読解のポイントになります。では、その三カ所をちょっと考えてみて。
H:では、Eさん?
E:まだ見つかっていません。
H:では、ヒント。さっきC君が読み方を間違えたところはどこだっけ?
E:「則与一生彘肩。」のところ。
H:そうだよね。なぜ、間違ってしまったんだっけ?
E:「彘肩」を賜えというのに、出て来たのが「生彘肩」だったから。
H:そうだよね。つまり、ここが一つ目ということ。
E:なるほど、分かりました。
H:では、これと似た部分があるよね? F君?
F:「賜之卮酒」とあるのに、「則与斗卮酒」が出て来たところ。
H:その通り。F君、「卮酒」って何?
F:お酒。
H:「卮酒」の「卮」の意味は?
F:分かりません。
H:大きな杯という意味。もともと大酒っていう意味みたいだが、「斗卮酒」の場合は、教科書の注を見るとわ
かるように、明らかに2リットルもの酒という意味になる。酒をなみなみと出したということだ。
G:大歓迎ってことですかね?
H:さぁ、それはどうだろうね。その点も後で。とりあえずもう一箇所、コミュニケーションが不完全なところ
は? I君?
I:よく分からないんですが、項羽が「客何為者。」と問いかけた時に、それに対して張良が答えているところ
ですか?
H:その通り! よく見つけたね。I君、項羽の問いかけに対しては、誰が答えるべきなんだろう?
I:樊噲です。
H:そう。入ってきて恐ろしい形相をしている人物に項羽が「何為者」と問いかけたわけだから、当然その人物
が答えなければならない。それなのに、張良が答えている。なぜなんだろう。ここも読解のポイントです。
H:以上、三カ所、問いかけとそれに対する応答がズレている部分がある。次の時間にはその意味を考えなが
ら、内容を見ていくことによう。では、今日はここまで。
補足1
生徒の発言は、こちらが意図した結論のみを示したので、これだけを読むと極めて優秀な生徒諸君のように思われるかも知れないが、実際は誤答があったり、ピンぼけな回答があったりするわけで、このようにスムーズに授業が展開したわけではない。ただ、おおよその雰囲気は伝えられるように工夫してある。
補足2
訳をする際には、熟語力をつけることに注意している。例えば、この部分でいうと、第一段落のところに、
良曰「甚急。今者項荘抜剣舞。其意常在沛公也。」
噲曰「此迫矣。臣請、入与之同命。」
とあるが、この部分の「急」「迫」は同じような内容、つまり「差し迫っている」という意を表している。そこで、この二字を見つけさせてその意味を考えさせた上で、その意を表す「急」または「迫」を使った二字熟語(例=「火急」「救急」「緊急」「危急」「緊迫」「切迫」「窮迫」など)を考えさせ、それを訳に使うようにするのである。
また、重要な句法については、副読本として持たせている『明説漢文』(尚文出版)を常に参照させるとともに、その第三章にまとめられている重要漢字に注意を促している。句法(=句の形)として理解するとともに、その句法を成り立たせている漢字そのもの方に注意することが、特に理系生徒にとっては学習しやすくなるのではないかと考えている。