『枕草子』「古今の草子を」(第二十段) 指導案
これは、『枕草子』第二十段(新全集では第二十一段)「清涼殿の丑寅の隅の」の後半部分を採り上げた教材である。難易度が高く、文章の構造を大づかみする練習になるとともに、敬語の学習にも適した教材である。
第3学年の必修選択「古典B(5単位=古文3単位+漢文2単位)の授業で扱うが、この難しい教材にどうアプローチするのか、その簡単な指導案を掲載する。
本文
古今の草子を御前に置かせ給ひて、歌どもの本を仰せられて、「これが末、いかに。」と問はせ給ふに、すべて夜昼心にかかりておぼゆるもあるが、けぎよう申し出でられぬは、いかなるぞ。宰相の君ぞ十ばかり、それもおぼゆるかは。まいて、五つ、六つなどは、ただおぼえぬよしをぞ啓すべけれど、「さやはけにくく、仰せ言を映えなうもてなすべき。」とわび、口惜しがるも、をかし。知ると申す人なきをば、やがてみな読み続けて、夾算せさせ給ふを、「これは知りたることぞかし。などかう、つたなうはあるぞ。」と言ひ嘆く。中にも古今あまた書き写しなどする人は、みなもおぼえぬべきことぞかし。(第一段落)
「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一条の左大臣殿の御娘におはしけると、誰かは知り奉らざらむ。まだ姫君と聞こえけるとき、父大臣の教へ聞こえ給ひけることは、『一つには御手を習ひ給へ。次には、琴の御琴を人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては、古今の歌二十巻を、みなうかべさせ給ふを、御学問にはせさせ給へ。』となむ、①聞こえ給ひける、と②聞こしめしおきて、御物忌なりける日、古今を持て渡らせ給ひて、御几帳を引き隔てさせ給ひければ、女御、例ならずあやしと③おぼしけるに、草子を④広げさせ給ひて、『その月、何の折、その人のよみたる歌はいかに。』と(A)問ひ聞こえさせ給ふを、かうなりけりと⑤心得給ふもをかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべきことと、わりなう⑥おぼし乱れぬべし。その方におぼめかしからぬ人、二、三人ばかり⑦召し出でて、碁石して数置かせ給ふとて、(B)強ひ聞こえさせ給ひけむほどなど、いかにめでたうをかしかりけむ。御前に候ひけむ人さへこそ⑧うらやましけれ。(第二段落)
せめて申させ給へば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべてつゆたがふことなかりけり。いかでなほ、少しひがごと見つけてをやまむと、ねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。『さらに不用なりけり。』とて、御草子に夾算さして大殿ごもりぬるも、まためでたしかし。(第三段落)
いと久しうありて、起きさせ給へるに、なほこのこと、勝ち負けなくてやませ給はむ、いとわろしとて、下の十巻を、明日にならば、異をぞ見給ひ合はするとて、今日定めてむと、大殿油参りて、夜更くるまで読ませ給ひける。されど、つひに(C)負け聞こえさせ給はずなりにけり。(第四段落)
『上わたらせ給ひて、かかること。』など、人々殿に申し奉られたりければ、いみじうおぼし騒ぎて、御誦経などあまたせさせ給ひて、そなたに向きてなむ念じ暮らし給ひける。すきずきしう、あはれなることなり。」(第五段落)
など語り出でさせ給ふを、上も聞こし召し、めでさせ給ふ。「我は三巻、四巻をだにえ果てじ。」と仰せらる。「昔は、えせ者なども、みなをかしうこそありけれ。」「このごろは、かやうなることやは聞こゆる。」など、御前に候ふ人々、上の女房、こなた許されたるなど参りて、口々言ひ出でなどしたるほどは、まことにつゆ思ふことなく、めでたくぞおぼゆる。(第六段落)
*教科書本文では、第五段落と第六段落は分けられていないが、話の構造が分かりやすいように分けて示した。
第一段落の読解
1 登場人物を考える
●中心発問例
Q 作者(清少納言)がいるが、それがなぜ分かるのか?
→回想章段(他は随想章段・類想章段)
Q 中宮定子がいるが、それがなぜ分かるか? 一語で抜き出しなさい。
→「啓す」
Q その他の女房たちのことを表す語句を三つ抜き出しなさい。
Q 上記登場人物のうち、敬語が使われそうな人物は誰か。予想しなさい。
その上で、敬語の使われ方を分析しなさい。
→中宮定子=ソ+ソ それ以外=ソなし
*以下「ソ=尊敬語、ケ=謙譲語、テ=丁寧語」を表す。
●板書例
<登場人物>
1 中宮定子(ソ+ソ)
2 清少納言
3 女房たち
→「宰相の君」「知ると申す人」「古今あまた書き写しなどする人」
2 場面を考える
●発問例・板書例
Q 次の空欄に当てはまる語は何か。
<場面>
○( A )が( B )に、古今和歌集の歌の( C )を示して、その( D )を
答えさせて遊んでいる場面。
→A=中宮定子 B=女房たち C=本 D=末
3 現代語訳する
●注意点
・「草子」←→「巻子」
・「言ふ」<「仰す」(ソ)<「仰せらる」(ソ+ソ)
・「心にかかり」 ←参考「空に(虹が)かかる(=浮カンデイル)」
・「あるが」 ←「が」は格助詞・主格(覚エテイルモノモアル、ソレガ)
・「られ+ぬ」 ←打消・反語表現と共に用いられる「る・らる」=可能
・「十ばかり(答エラレタガ)」
・「それも『おぼゆる』かは」 ←「おぼゆる」に「」をつけて考えると分かりやすい。
(ソレモ「おぼゆる」ニ相当スルダロウカ、イヤ相当シナイ)
・「五つ、六つなど(シカ答エラレナイ場合)は」
・「よし」 由=~トイウ内容
・「ぞ啓すべけれど」 係り結びの流れ
・「さやは、~もてなすべき」 ←打消・反語表現と共に用いられる「べし」=可能
・「申す人なき(歌)をば」 ←「をば」=「を」(格助詞)
・「やがてみな読み続けて、夾算せさせ給ふを」 ←「て」がある時は下から考えることも
可能 (*「読み続けて」の部分に尊敬語がないが、下を見て主語を中宮定子と決められる)
・「知りたる「言」ぞかし」 ←「こと」に「言」を漢字として当てると分かりやすくなる例は多い。
・「おぼえぬべき」 ←「確述(完了)・打消」の識別。
(*「上」は下二段で識別不能。「下」をみて「べし」の接続で「ぬ」は終止形と判断する。)
第二段落の読解
1 話の全体構造を捉える
●中心発問例
Q 「村上の御時に~」から始まる発言は、どこまでか?
→「~あはれなることなり。」
Q その発言をしているのは誰か? また、どこを見て判断するか?
→中宮定子
*「」の後の「語り出でさせ給ふ」がソ+ソの形になっており、第一段落でソ+ソは中宮定子である。
Q その発言の後の部分に登場する人物をあげ、この話の場面を確認しなさい。
*清少納言の回想場面の中に、定子の昔話がはさまれるという二重構造になっていることに注意
させることが重要。
●板書例
<登場人物> *中宮の部屋にいる
〇中宮 御前に候ふ人々(清少納言)
〇上(一条天皇) 上の女房
*定子は、自分の女房たちの教養を、上の女房たちの面前で自慢したかったのかも知れない。
しかし、女房たちは歌を答えられず、失敗したと感じた中宮は、およそ三十年前くらいの昔話
を始めて、うまくその場をまとめたのであろう。
2 中宮定子の話に登場する人物を考える
●中心発問例
Q 登場人物を4人(組)本文から抜き出しなさい(同じ人物が複数の呼称で呼ばれる場合は、それも
抜き出しなさい)。もう一人は場面を踏まえて想定しなさい。
Q 傍線部①~⑥の主語を考えなさい。
Q 傍線部①「聞こえ給ひける」の主語は?
→小一条の左大臣殿
Q 小一条の左大臣殿には、どのように敬語が用いられているか?
→単独のソ
Q 「聞こえ給ひけると、聞こしめし置きて」の「と」が受けるのはどこからか?
→「まだ姫君と聞こえける時~」
Q 傍線部②「聞こしめし置きて」の尊敬語は、どのような特色があるか?
→「聞く」<「聞こす」<「聞こしめす」 つまり、ソ+ソレベルの尊敬語。
Q 「聞こしめし置きて」「持て渡らせ給ひて」「御几帳を引き隔てさせ給ひければ」で主語は変化して
いるか?
→していない
Q 「御几帳を引き隔てさせ給ひければ」で主語は変化するか?
→次に「女御」とあり、変化したと推定する。
Q 傍線部③「おぼしける」の主語は?
→女御
Q 女御にはどのような敬語が用いられているか?
→単独のソ
Q 以上の分析から、ソ+ソとなっている「聞こしめし置きて」「持て渡らせ給ひて」「御几帳を引き隔て
させ給ひければ」の部分の主語は誰と想定できるか?
→小一条の左大臣と女御がソで扱われているが、この人物はソ+ソとなっており、村上帝と想定できる。
*傍線部④はソ+ソで村上帝、
傍線部⑤はソで女御、
傍線部⑥はソで女御、
傍線部⑦はソとソ+ソの区別のない「召す」なので、文脈を重視して村上帝、
傍線部⑧は語り手中宮定子の感想である。
*この部分の読解は難しいので、やや詳しく発問例を挙げた。
●板書例
<登場人物>(中宮定子の昔話)
〇村上天皇
〇宣燿殿の女御(芳子) 「姫君」「女御」
〇小一条の左大臣殿(師尹) 「父大臣」
〇その方におぼめかしからぬ人
〇御前に候ひけむ人
3 場面を考える
●発問例・板書例
Q 次の空欄に当てはまる語句は何か。Cは本文から抜き出す。
<場面>(中宮定子の昔話)
○( A )が( B )に、(「 C 」)と問いかけて、正解した数を( D )に碁石で数え
させている場面。
→A村上帝 B女御 C「その月、何の折、その人のよみたる歌はいかに」
Dその方におぼめかしからぬ人
Q 古今和歌集には、何首の歌が入っているか?
→およそ千百首。
Q (教科書の古今和歌集のページに出ている次の使って)
「春の夜、梅の花をよめる 凡河内躬恒
春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」
中宮定子の出題の仕方を再現しなさい。
→「春の夜の闇はあやなし梅の花」の続きは何?
村上帝の出題の仕方を再現しなさい。
→「春の夜、梅の花をよめる」「凡河内躬恒」の歌は何?
Q 村上帝の出題の「春の夜、梅の花をよめる」の部分を、和歌の専門用語で何という?
→詞書
Q 中宮定子の出題の仕方と、村上帝の出題の仕方では、どちらの難易度が高いか?
→村上帝
4 敬語のまとめ
●発問例
Q この場面における敬語の三段階をまとめなさい。
→①ソ+ソ 村上帝
②ソ 女御、小一条の左大臣殿
③ソなし その方におぼめかしからぬ人 御前に候ひけむ人
*敬語は、ソに注目すると、その場の相対的身分関係から三段階に使い分けられる。
『枕草子』の地の文では、使い分けは比較的正確になされる。
Q (A)「問ひ聞こえさせ給ふ」と(B)「強ひ聞こえさせ給ひけむ」を品詞分解し、含まれる敬語の敬意
の対象を答えなさい。
→「問ひ+聞こえ+させ+給ふ」
聞こえ=女御に対する させ+給ふ=村上帝に対する
「強ひ+聞こえ+させ+給ひ+けむ」
聞こえ=女御に対する させ+給ひ=村上帝に対する
*村上帝にはソ+ソ
Q 次の段落に登場する(C)「負け聞こえさせ給はず」の部分の主語は誰か?
→女御
Q (C)「負け聞こえさせ給はず」を品詞分解しなさい。
→「負け+聞こえさせ+給は+ず」
聞こえさせ=村上帝に対する 給は=女御に対する
*女御にソ+ソとはならないから、「負け+聞こえ+させ+給は+ず」でない点に注意させる。
「聞こえさす」は、謙譲語「聞こゆ」に使役「さす」がついて、謙譲を強める(動作を受ける人を
すごく尊敬する)形になったと考える。
★第一段落(清少納言の回想の現場)と、第二段落(回想の中に登場する中宮定子の昔話)の関係、および、
それぞれの内容が理解できれば、残りの部分はその延長で理解ができるはずである。
(以下略)