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レンゲ野

『枕草子』第一〇二段「二月つごもり頃に」指導案(3年生向け)

この指導案の概要

 3学年の文系必修選択科目「古典講読」(古文3単位+漢文2単位)の古文の最初の教材は、『枕草子』第一〇二段の「二月つごもり頃に」である。授業では、この教材を読解しながら、同時に、これから一年間の古典の学習法についても解説する。1時間目の自己紹介も含め、全5時間で扱った内容について、その簡単な指導案のメモを、発問例を中心に公開してみたい。
 なお、『枕草子』については、「かたはらいたきもの」(第九二段)、「五月ばかりなどに山里を歩く」(第二〇七段)、「中納言参り給ひて」(第九八段)、「宮に初めて参りたる頃」(第一七七段)を2年次に学習しており、基本的な背景知識は知っているという前提で授業ができる。ちなみに、「前提」は「前提」であって、2年次に学習したことの多くは抜け落ちてしまっているのが現状である。

生徒に伝える古文の学習法

 古文の学習は極めて単純で、「正確な現代語訳を作る」ということに尽きる。その過程で、
 ①語彙力   ②文法力   ③古典常識力   ④文脈をたどる読解力
を高めるわけである。
 そこで、生徒たちには、「参考書に頼らず、辞書と文法書だけを頼りにして、自分なりの現代語訳を作りなさい」ということを強調する。完全なものでなくても構わない、むしろ、間違ったところで学習が深まるのだから、とにかく自分で現代語訳を作り、どこが自信がない部分なのか、どこが分からない部分なのかを意識して授業に臨むようにしなさいということを、繰り返し強調するわけである。

 さて、自分で現代語訳をつくる際、以下の2段階を意識するように伝えている。
A 全体を見る目
 現代語訳を作れというと、いきなり冒頭から訳し出す者もいるのだが、先ずは全体を音読し、その上で、なるべくその場面の全体像を捉えるように指示する。具体的には、
①5W1Hに相当するものを考える
  特に、場所や時間(時代>季節>時間帯)をしっかり意識すること
②登場人物を押さえる
  その際、脚注を見てもよいし、文学史の知識なども活用すること
…という点を意識するように伝える。
B 部分を見る目
 全体像を見通した上で、次に現代語訳作りに入るが、古文は概して一つの文が長く、しかも途中で主語が変化するところに難しさがある。ちなみに、日比谷には英語を得意とする生徒が多いが、英語などは主語が明示されており、しかも基本的には5文型に収斂するので、読解は古文よりもはるかに易しく、今取り組んでいる学習(古文の読解)の方が、ずっと想像力と力量を要するのだということを伝えて、志気を鼓舞している(笑)。
 そこで、よく言われる方法であるが、接続助詞に注目しながら短いまとまりを作り、そのまとまりごとに主語を意識しながら現代語訳を作らせるということを徹底する。具体的には、
①読点(「、」)と接続助詞に注目をしてまとまりを作る。
  (A)基本的に立ち止まらない=まとまりを作らない
    →●接続助詞「て」「で」「つつ」「ながら」+「、」
      ●用言の連用形+「、」(連用中止法)
  (B)基本的に立ち止まる=まとまりを作る
    →●接続助詞「を」「に」「ば」「が」+「、」
      ●逆接の接続助詞+「、」
②そのまとまりの主語を考える
  (A)=接続助詞の前後で基本的に主語は変化しない
  (B)=接続助詞の前のまとまりと、後のまとまりでは、基本的に主語が変化する。
    *あくまで基本。例外も多い。
③引用の「と(など)」に注目して心内語をみつけ、「 」を付ける。
④重要語や助動詞・敬語などに注意して、まとまりごとの訳を考え、次に、まとまり同士の関係(順接・逆接・単接)を意識して訳をつなげていく。
⑤最後に、一文全体の中での掛かり受け関係を確かめ、訳文を修正して完成する。
…という作業を、毎回繰り返し実行するように伝えるのである。

「二月つごもり頃に」の指導案

 では、本文(教育出版「新版古典」より)を挙げた上で、簡単な指導案(発問例)を示してみたい。

 二月つごもり頃に、風いたう吹きて、空いみじう黒きに、雪少しうち散りたるほど、黒戸に主殿寮来て、
  「かうて候ふ。」
と言へば、寄りたるに、
  「これ、公任の宰相殿の。」
とてあるを見れば、懐紙に、
  少し春ある心地こそすれ 
とあるは、げに今日のけしきにいとよう合ひたる、これが本はいかでかつくべからむと思ひわづらひぬ。
  「誰々か。」
と問へば、
  「それそれ。」
と言ふ。皆いと恥づかしき中に、宰相の御いらへを、いかでかことなしびに言ひ出でむと、心一つに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれど、上のおはしまして、大殿籠りたり。主殿寮は、
  「疾く疾く。」
と言ふ。げに、遅うさへあらむは、いと取りどころなければ、さはれとて、
  空寒み花にまがへて散る雪に 
と、わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむとわびし。これがことを聞かばやと思ふに、そしられたらば聞かじとおぼゆるを、
  「俊賢の宰相など、『なほ、内侍に、奏してなさむ。』となむ定め給ひし。」
とばかりぞ、左兵衛督の中将におはせし、語り給ひし。

<導入の発問例=全体を見る目>
1 この話の舞台を表す語を抜き出せ。
   →黒戸(清涼殿)
2 清涼殿は、誰が日常生活をしている場か? 本文中の語で答えよ。
   →上(=帝。ここでは一条天皇)
   *清涼殿の平面図を使って、清涼殿の理解が平安文学では重要であることを伝える。
3 清少納言はなぜ清涼殿にいるのだと想像されるか?
   →中宮定子に付き添って清涼殿に来ている。
   *『枕草子』の文学史として、定子・一条天皇・清少納言・藤原道隆を挙げ、それと関連させて、藤原道長・彰子・紫式部も挙げておく。
4 定子(登花殿)はなぜ清涼殿にいるのだろう? それが分かる語を抜き出せ。
   →「上のおはしまして大殿籠りたり」
   *この部分、1で場所を話題にしたが、時間は話題にしていない。「げに今日のけしきにいとよう合ひたる」を見ると、昼間のように読めるが、そうなると、昼間
    から帝と定子は清涼殿で「大殿籠りたり」ということになる。萩谷朴『枕草子解環』では、そこに帝の若さを読み取っていて面白い。3年生なので、この話も
    披露しながら、一般的には帝は夜は清涼殿で過ごさなければならないが、昼間は后妃の殿舎に赴いて「大殿籠もる」こともあったことも伝えておく。ちなみに
    「大殿ごもる」は「寝」の尊敬語で「お休みになる」と訳すが、「二人はお休みにはなっていないよね、ふふふ…」と下ネタも可能。
5 再度本文に目を通し、心内語に「 」をつけ、登場人物を挙げよ。
   →○主殿寮=読み方注意・古典常識
    ○「それそれ」=「皆(いとはづかしき)」 
    ○公任の宰相殿=当時の学芸の第一人者。古典常識。
    ○御前=中宮定子
    ○上=一条天皇
    ○俊賢の宰相
    ○左兵衛督(の中将)=「の」は同じという関係(格)を示す格助詞。
    ○清少納言
6 なぜ清少納言がいると分かるのか、助動詞を一つ挙げよ。
   →過去の助動詞「き」
   *「き」と「けり」の用法の復習
      「き」 =経験過去
      「けり」=伝聞過去
7 随筆『枕草子』の内容を大きく三つに分ける分類を挙げよ。
   →随想章段・類想章段(「もの・は」づけ)・回想章段
   *回想章段では、清少納言がその場にいると、文学史的常識を働かせてよい。
8 「き」を学習したついでに、それ以外の文末部分はどうなっているか調べよ。
   →用言の終止形と「たり」が多い。
   *「たり」と「り」の用法の復習
      「たり」  連用形接続  存続(~テイル)が基本。それでおかしかったら完了(~タ)。
      「り」    サ未四已接続  文法的意味は「たり」と共通。
   *臨場感のある描写になっている。
9 ただし、唯一「思ひわづらひぬ」があるが、他の完了の助動詞を挙げよ。
   *「つ」と「ぬ」の用法の復習
      「つ」=意識的・意図的な動作を表す動詞につく傾向
      「ぬ」=無意識的・自然な動作を表す動詞につく傾向
10 「 」をつけた心内語の部分の助動詞はどうなっているか、調べよ。
  →「む」「らむ」「ばや」「じ」
   *「む」の用法の復習=未来においてそうなるという判断・認識を表す。未然形接続。
      ス 推量  三人称(「彼ラーメン食はむ」)
      イ 意志  一人称(「我ラーメン食はむ」)
      カ 勧誘  二人称(「君ラーメン食はむ」)
      カ 仮定  連体形(明らかに仮定で訳せる場合)
      エ 婉曲  連体形(断定を避ける・仮定で訳せない場合)

<現代語訳しながらの発問例=部分を見る目>
 以下、接続助詞で区切りながら主語を確認しつつ生徒に現代語訳させるが、その際の発問例である。
1 「空いみじう黒きに」の「に」の用法は?
  →「に」は接続助詞。ここは「添加」(~ノウエニ)がよい。
   *辞書によっては格助詞と出てくることもある。説が分かれる細かいことは気にせず、音読しながら「~ノウエニ」という雰囲気をつかむことが大切。
2 「寄りたるに」の「に」の用法は?
  →単純接続(~スルト)=論理関係があるのではなく、動作が連続する。
3 「いかでかつくべからむ」の助動詞の文法的意味と訳は?
    *「べし」=可能。「いかでか」が反語で、そこに否定のニュアンスがある。
4 「いかでかことなしびに言ひ出でむ」の助動詞の文法的意味と訳は?
    *「む」には可能のニュアンスをこめるとイイ場合があり、ここはその例。音読して感じをつかむことが重要。
5 「苦しきを」の「を」の用法は?
    →順接
6 「さへ」は「~の上に…まで」の意だが、ここで「~」に相当する内容は?
    →「歌がまずい上に」
7 「遅うさへあらむは」の「む」の文法的意味は?
    →仮定
8 「空寒み」の訳は?
    →「~(を)…み」は「~(ガ)…ナノデ」の意。
    *形容詞語幹の用法について、若者言葉(「早!」「安!」「キモ!」など)を例に簡単に説明し、形容詞の活用についても、「~し(じ)」という形を持つ助動詞
     の活用の暗記にもつながるので、しっかり暗記するように伝える。
9 「と思ふに」の「に」の用法は?
    →逆接
10 「おぼゆるを」の「を」の用法は?
    →単純接続
11 「(誰ガ、誰ニ)奏して、(誰ヲ、何ニ)なさむ」か。
    →俊賢の宰相ガ、天皇ニ、清少納言ヲ、内侍ニ。
    *「奏す」は絶対敬語。敬語については、次の教材で扱うので、ここでは特に話題にしていないが、この「奏す」については「啓す」とともに解説する。
    *内侍の仕事は、現在では「首相の秘書兼通訳」といったイメージであることを理解させる。
12 「左兵衛督の中将におはせし」の「の」の用法と訳し方は?
    →同格・~デ

<歌に関する発問例=まとめ>
1 「南秦雪」(白居易)を音読させる。
  *教科書には、参考資料として訓点文と現代語訳が載っているので、それを活用する。
2 「南秦雪」の形式、押韻、対句を確認する。
3 公任が踏まえたのは第何句目か?
   →四句目
  *つまり、公任の下の句は、清少納言の和歌の力を試すとともに、漢詩の知識を試していたのである。
4 清少納言の上の句が踏まえたのは第何句目か?
   →三句目
  *つまり、清少納言は公任の意図を見抜き、白居易の詩(の対句)を踏まえた上の句を作ったのである。
5 清少納言の上の句が優れている点を考えよ。
   →①公任の要求に応え、「南秦雪」の対句を踏まえて上の句を作った
    ②さらに「花」という、その場の状況をも詠み込んだ

最後に

 日比谷高校の3年生の授業であるため、盛りだくさんの内容であり、また、助動詞・助詞を中心に文法に重きを置いた内容になっている。これは、この教材が最初の教材であり、新しい担当教員との距離感をはかりながら、生徒たちもやる気を見せている時期なので、このくらい詰め込んだ方が効果的であると判断してのことである。
 多くの生徒たちは、先ず場面と登場人物をとらえ、その上で、文を区切りながら現代語訳するという勉強法を身につけれてくれたのではないかと思う。あとは、この単調な勉強を、最後まで貫き通し、その過程で、暗記すべきことをしっかり暗記していくだけである。それができれば、秋の終わり頃には古文が読めるようになるはずである。生徒たちにはそう繰り返し伝え、「現代語訳するというただ一つの勉強法」を継続させていきたい。