education-5

梅一輪、一輪ほどの

『伊勢物語』第六段の授業

この論について 

 昨年11月、千葉県高等学校教育研究会国語部会の秋の研究協議会で、「古典教育の改善の視点」という講演をさせていただいた。つたない講演ではあったが、わざわざテープ起こしをして下さり、その原稿を送って下さったので、その中から『伊勢物語』第六段の指導についてしゃべった部分を掲載したい。
 この段は「鬼一口」と呼ばれる有名な章段で、教科書にも多く採録されている。ただし、最近は第二段落をカットした形で掲載する教科書が増えており、個人的にそれはよくないのではないかと考えている。そこで、そんなことも絡めながら、勝手なことをしゃべらせていただいた。
 講演のテープ起こしなので、しゃべり言葉であり、主語と述語が対応していないような部分もあったりするが、参考にしていただければと思う。

『伊勢物語』第六段の授業

 ずいぶん前置きが長くなり過ぎましたが、今『伊勢物語』の「折句」が出てきたんで、『伊勢物語』を使いながら、まぁ、じゃぁどんなところにおもしろさを見つけたらいいんだろうか、そんな話をちょっとしてみたいと思って、<資料>十四頁から、『伊勢物語』の本文を入れておきました。ちょっと具体的な話になりますので、先生方も、皆さんが目の前にしている生徒さん達や、あるいは自分が授業をなさった時の様子なんかを思い浮かべながら聞いていただければと思います。

 第九段に入りたいんですけれども、すみませんね、また脱線なんですけれど、たまたま私、今年一年生の古文の授業を持っていて、火曜日に『伊勢物語』の第六段の方をやったんです。『芥川』というやつです。男が女を連れて逃げるんだけど、鬼に一口に食べられちゃうと…。これは皆さんも授業でたくさんなさってるんじゃないかと思うんですけれども、例えば日比谷でやると、文法的には「なむ」というのが、あそこには係助詞と「はや夜も明けなむ」の終助詞が出てきますから、「なむ」の話をしたり、それから「にけり」と「てけり」が出てくるので、「にけり」と「てけり」はどう違うのかなんていう、そういう話はしながらやっていきます。
 さて、そういう学習を踏まえながら話したのは、第一段落のところに出てくるのは、男と女と鬼しかいないんですね。「男」と「女」と「鬼」なんです。ところが、第二段落に入ると、その女が実は二条の后で、鬼にあたる存在がお兄ちゃんのなんとか大臣と、太郎なんとかだとかが出てくるんですね。すると、第一段落を読ませている時は、男と女と鬼だけの本当にメルヘンの世界だったわけです。ところが第二段落を読むと、そこに人名が登場して急に現実に引き戻されるんですね。そういうことを、生徒にこう、うまくもっていって気付かせるんです。
 で、その時、気付かせるポイントがあるんです。第二段落になると敬語が出てくるんですね、敬語が。つまり、メルヘンの世界で男と女が愛し合ってる世界ですと敬語はないんです。ところが現実の世界に戻ると、男には敬語がつかないで、女の方には敬語がつくんですよ。つまり、現実感というものを敬語が支えてるとことがよく分かるんですね。
 で、そういうことを日比谷で授業をやる時は・・・、ちなみにですね、最近の教科書は第二段落を出してない教科書がいっぱいあるんですね。どうでしょうか、皆さんの使っていらっしゃる教科書は。私はそれは見識がないというふうに思います。「学習の手引き」を見ると、女の人物像を考えさせるというのがあるんですよ。「白玉か何ぞ」というふうに質問したところを根拠に、深窓の令嬢であると答えを期待するんだと思うんですけれども、そのためには第二段落があると答えが半分出ちゃうわけですから、第二段落をカットしてるんじゃないかと思うし、あるいは、後の表現活動と結びつけるために第二段落をあえて出さないんじゃないかと思うんですけれど、私は第一段落と第二段落があった時に、男と女が急に名前を持つ存在になり、そこに敬語が登場するということを感じとらせた方がよっぽどおもしろいと思うんですね。
 これは何も日比谷だからできる話じゃなくて、大変な学校でも、現代語訳を使ってやれば、現代語訳に片っぽが敬語が出てるということはすぐ分かるわけですよね。また脱線しますが、特に就職なんかする生徒達は、現代語訳の敬語を覚えさせるととてもいい学習になるんですね。定時制にいた時は、「君たち敬語の勉強をしっかりやって、敬語の現代語訳覚えろ。そしたら就職した時一番役に立つんだから。古文の勉強で一番役に立つんだから」と言って勉強させましたけれども。
 それはともかくとしてですね、そういう「敬語」と「愛」、男女の身分差のない愛の世界とかね、そういうことは、どんな生徒にも通じるだろうと思うんですけれども、まぁそんなことをやりました。

 それから、第六段にはよく奈良絵本のイラストがついてますよね、「芥川」のところ、男が女を背負って逃げているイラストがついてるんですけれども、あれはどう考えたっておかしいんですよね。だって「弓、やなぐひを負ひて戸口にをり」だから、弓、やなぐひを男は背負ってるんだから、さらに女なんか背負えるわけないわけですよ。で、手を引っ張って歩いて逃げたに決まってるんだけど、どうしてあの絵が描かれたかというと、第二段落のところにはちゃんと「背負って逃げた」と書いてあるんです。だから絵を見せて、「この絵はおかしいのはどこだと思う?」と考えさせて、その答えは実は第二段落にあるんだということを知らせるためにも、やはり第二段落というのは必要なんですね。
 ですから第二段落のついている教科書、えー教育出版のはついているんですけれども、そういう教科書を使っていただけるとありがたい、と、つい宣伝をしましたが、余計な話でした。