2016.05.31(火) 晴れ
前期中間考査第1日目。午前中に1年生の現代文の問題を仕上げる。問題が裏表印刷3枚(つまり6ページ)+解答用紙1枚で全4枚。印刷後、327名分を冊子状に仕上げるのは時間のムダなので、そのまま配布していただくようにメモをつくって袋詰めする。午後からは、今日出た3年生の古典の答案を採点開始する。3年生ともなると、まじめに取り組んだ者と、そうでない者の差が歴然である。11520歩。
2016.05.30(月) 雨
考査前ということで、遅れているクラスの授業を他教科の先生からもらった結果、午前中4時間連続の授業に(3年生連続授業2時間+1年生2クラス)。それなりに大変だったが、なんとか考査範囲を終わらせることができてホッ…である。しかし、考査範囲が終わらなくて「自分でやっとけ!」みたいなクラスの方が平均点がよかったりすることがままあるので、世の中不思議である…?(笑) 10810歩。
2016.05.29(日) 晴れ
庭のアジサイが咲き始めたので、アジサイがキレイな石神井公園に自転車で出かけてみると、何と!今日は「照姫祭り」ということで大混雑。とてもアジサイの撮影どころではなかった(泣)。ついでに三宝寺池にも立ち寄ってみると、こちらでは何と!カワセミに遭遇。望遠持ってくるんだった~(泣)。
(↓庭のアジサイ)
(↓50mmだが、中央にカワセミが小さく見える)
(↓白黒で幻想的?に現像)
2016.05.28(土) 曇り・晴れ
地道な?一日。早起きして家事を済ませ、庭の草むしり+ラベンダーの剪定。その後、1年生の中間考査の原案をつくる。午後からは、入院中の家族のお見舞い。夜、NHK-BS で「映像の世紀プレミアム第1集」鑑賞。
2016.05.27(金) 雨のち晴れ
3年生の問題を担当者で検討して完成させる。1年生の問題の検討は月曜日。帰りがけ、スーパー(あきだい…笑)に寄って、またまたジャム用のイチゴを大量に買って帰る。10803歩。
オバマ大統領と安倍首相の演説については、批評しようと思えば色々なことが言えるだろうが、私は全体として評価してよいものだろうと思う。この演説の実現に向けた努力を、この主役のお二人には是非とも期待したい。
2016.05.26(木) 晴れ
3年生の古典B、1年生の古典の問題を作る。
今日はサミット関係のニュースが多いが、注目は「ゾウの花子の死」だろうか。オバマ大統領が広島を訪問する前日に、戦後初めて来日した花子が亡くなるのも、何かの因縁だろうか。
今日の新聞では、日比谷卒業生でイタリア在住の作家、塩野七生さんの記事が面白かった。全て同意というわけではないが、こういう視点も面白いと思う。長いが引用しておこう。(朝日新聞朝刊 「オバマ氏に謝罪求めぬ日本、塩野七生さんは「大変良い」より)
――オバマ大統領が被爆地・広島を訪問することを知ったとき、まず、どう感じましたか。
「知ったのは、ローマの自宅でテレビを見ていた時です。画面の下を流れるテロップでのニュースだったけれど、それを目にしたとたんに、久方ぶりに日本外交にとってのうれしいニュースだと思いました」
「特に、日本側が『謝罪を求めない』といっているのが、大変に良い」
――どうしてですか。
「謝罪を求めず、無言で静かに迎える方が、謝罪を声高に求めるよりも、断じて品位の高さを強く印象づけることになるのです」
「『米国大統領の広島訪問』だけなら、野球でいえばヒットにすぎません。そこで『謝罪を求めない』とした一事にこそ、ヒットを我が日本の得点に結びつける鍵があります。しかも、それは日本政府、マスコミ、日本人全体、そして誰よりも、広島の市民全員にかかっているんですよ」
「『求めない』と決めたのは安倍晋三首相でしょうが、リーダーの必要条件には、部下の進言も良しと思えばいれるという能力がある。誰かが進言したのだと思います。その誰かに、次に帰国した時に会ってみたいとさえ思う。だって、『逆転の発想』などという悪賢い人にしかできない考え方をする人間が日本にもいた、というだけでもうれしいではないですか」
――悪賢い、とは。
「歴史を一望すれば、善意のみで突っ走った人よりも、悪賢く立ちまわった人物のほうが、結局は人間世界にとって良い結果をもたらしたという例は枚挙にいとまがありません」
「例えば、執筆中の古代ギリシャでいえば、『トロイの木馬』を考えたオデュッセウスがその1人です。兵を潜めた巨大な木馬を作って敵の城内に送り込み、10年間もケリがつかなかった戦争を勝利に導いたのですから」
――米国の現職大統領が、かつて自分と同じ職だった者が原爆投下を命じた地を訪れる、その意味をどう見ますか。
「広島を息子に見せる目的で、一緒に訪れたことがあります。息子はイタリア人です。原爆を投下した国の、アメリカの人間ではありません。でも、原爆ドームを見、平和記念資料館の展示をすみずみまで見、原爆死没者慰霊碑の前に立っている間、彼は一言も発しなかった。その後も感想らしきことは一言も言いません。簡単には口にできない重さに圧倒されていたのでしょう」
「あの日、私も考えました。原爆の犠牲者たちは、70年後を生きるわれわれに、ほんとうは何を求めているのだろうか、と」
「もしかしたら、通りいっぺんの謝罪よりも、安易な同情よりも、被爆地を自らの足を使ってまわり、一人一人が感じ、その誰もが自分の頭で考えてくれることのほうを望んでいるのではないか」
「オバマ大統領だけでなくサミット参加各国のトップたちが広島を訪問したら、それはアメリカ人だけではなく世界中の人びとに、それをさせる素晴らしいきっかけになりうるんですよ」
――ヨーロッパ諸国から「あれだけの惨苦を受けながら、ものわかりの良すぎる国だ」と思われるような心配はありませんか。
「少し前に、アジアの二つの強国のトップが、相前後してヨーロッパ諸国を歴訪したことがありました。その際にこのお二人は、訪問先の国々でまるで決まったように、日本は過去に悪事を働いただけでなく謝罪もしないのだ、と非難してまわったのです」
「ところがその成果はと言えば、迎えた側の政府は礼儀は守りながらも実際上は聞き流しただけ。マスコミに至っては、それこそ『スルー』で終始したのです」
――そうですか……。
「当然ですよね。ヨーロッパは旧植民地帝国の集まりみたいなようなものだから、日本の優に十倍の年月にわたって、旧植民地に言わせれば、悪事を働きつづけた歴史を持っているのです。それでいて、謝罪すべきだなどとは誰も考えない」
「そういう国々を歴訪しながら『日本は悪いことをしていながら謝罪もしないんです』と訴えて、効果があると考えたのでしょうか。私には、外交感覚の救いようのない欠如にしか見えませんが」
――厳しいですね。その2国には、言わずにはいられない思いがあるからでは。
「だからこそ、日本が原爆投下への謝罪は求めない、としたことの意味は大きいのです。欧米諸国から見れば、同じアジア人なのに、と。国の品位の差を感じ取るかもしれません」
――日本は今回、どうすれば良いと思いますか。
「ただ静かに、無言のうちに迎えることです。大統領には、頭を下げることさえも求めず。そしてその後も、静かに無言で送り出すことです」
「原爆を投下した国の大統領が、70年後とはいえ、広島に来ると決めたのですよ。当日はデモや集会などはいっさいやめて、静かに大人のやり方で迎えてほしい」
「われわれ日本人は、深い哀(かな)しみで胸はいっぱいでも、それは抑えて客人に対するのを知っているはずではないですか。泣き叫ぶよりも無言で静かにふるまう方が、その人の品格を示すことになるのです。星条旗を振りながら歓声をあげて迎えるのは、子どもたちにまかせましょう」
「それから、もしも私が日本の新聞の編集の最高責任者だったら、当日の紙面づくりを他の日とは一変させますね」
――え? どういうふうに。
「オバマ大統領の広島訪問を伝える日の1面には、カメラマンたちが写してきた多数の写真の中から、1枚だけを選んで載せる。『無言で立ち尽くす米国大統領オバマ』、だけにします」
「頭を下げる姿の大統領は(もし、そうしたとしても)絶対に載せない。なぜなら、自分の国の大統領のこの振る舞いに釈然としないアメリカ人もいるに違いないので。その人たちに『日本だって真珠湾を攻撃したではないか』などと文句をつける言質を与えないためです」
「その日だけは、記事は大統領の行程を記すだけにとどめて、余計な記事はいっさい排除する。もちろん、社説に至ってはお休みにしていただく。その他のページに載せる写真の説明も、極力抑えた簡単なものにする」
――でも、日本がオバマ大統領の広島訪問をどう受け止めたか、きちんと言葉にして米国にはもちろん、世界に発することが大事だと、私は考えます。
「新聞記者とて、ときには多言よりも無言のほうが多くを語る、という人間世界の真実を思い起こしてほしいんですね」
――それで伝わりますか。
「伝わる人には伝わります」
「ここイタリアでも、原爆投下の日には、テレビは特別番組を放送します。毎年ですよ。あれから70年が過ぎても、犠牲の大きさに心を痛めている人が少なくないことの証しです。心を痛めている人は、アメリカにも多いに違いありません」
――静かに迎えることこそが、世界の良心ある人たちに訴えかけるということですか。
「『謝罪は求めない』は、『訪れて自分の目で見ることは求めない』ではありません。米国大統領オバマの広島訪問は、アメリカで心を痛めている人たちに、まず、自分たちが抱いていた心の痛みは正当だった、と思わせる効果がある。そうなれば、感受性の豊かな人びとの足も、自然に広島や長崎に向かうようになるでしょう」
「広島の夏の行事の灯籠(とうろう)流しに多くの外国人が参加するのも、見慣れた光景になるかもしれないのです。そうなれば、原爆死没者慰霊碑の『過ちは繰返しませぬから』という碑文も、日本人の間だけの『誓い』ではなくなり、世界中の人びとの『誓い』に昇華していくことも夢ではなくなる。それが日本が獲得できる得点です」
「そしてこれこそが、原爆の犠牲者たちを真の意味で弔うことではないでしょうか」
(聞き手 編集委員・刀祢館正明)
2016.05.25(水) 晴れ
月曜日に引き続き、今日もまじめに働いたなぁ~。今日の内訳は、①「進路通信」を印刷して配布する ②eラーニングを済ませる ③金曜日締め切りの進路検討会分析(国語科編)を仕上げる ④中間考査の問題作成に本格的に取りかかる といったところか。10340歩。
以前担任をしていた生徒のお父様がお書きになった『エリスの物語』(真堂彬、ミヤオビパブリッシング)がアマゾンから届く。ちなみに著者名はペンネームで、『舞姫』をエリスの視点に立って描いた物語とのことである。今読んでいる「『論語』と孔子の生涯」(影山輝國、中公叢書)の次に読もう。
2016.05.24(火) 晴れ
今日も暑い。8~9時限目は「人間と社会」の講演会ということで、星陵会館に千代田ボランティアセンターの方がいらっしゃる。ボランティアに関する基本のイイお話であったが、生徒たちの集中力が今一つで、担当の先生や学年生徒部の先生が注意する。これからもこういう講演会が予定されているので、イイ機会だったかも知れない。生徒諸君には反省を促したい。
夜の教育法は、今日から3分間スピーチを始める。これを始めると、学生間の距離も縮まってイイ雰囲気になってくるのである。講義の方は「学習指導要領」についてであるが、例年通り、自分たちの受けてきた教育と指導要領に述べられていることとの違いにビックリといった表情であった。14001歩。
2016.05.23(月) 晴れ
暑い一日、4時間の授業の空き時間もまじめに働く。主な成果?としては、①水曜日に発行予定の進路通信第2号を仕上げる ②1年生の夏期講習の予定を一覧表にまとめる ③「夏休みのしおり」に掲載する国語科の夏休みの宿題一覧(1年~3年)を作る ④先日の1年生「学習・進路希望調査」の結果を職員会議に出せる形にする といったところ。さらに、前期中間考査の原案作成を始める…といわけで、まじめな一日であった。11202歩。
2016.05.22(日) 晴れ
オバマ大統領の広島訪問に関連して、イイ記事(朝日新聞5月22日朝刊)があったので引用しておこう。
(日曜に想う)「E=MC2」刻むパンドラの箱 編集委員・福島申二
初夏の一日に訪ねた広島の平和記念公園は、柔らかな風と緑の中にあった。
そのはずれに立つ、不思議な慰霊碑を初めて見たのは、十数年前のことだ。花崗岩(かこうがん)に3人の女生徒の姿が彫られ、中央の少女が抱える手箱には「E=MC2」と刻まれている。アインシュタイン博士が導いた名高い等式である。
Eすなわちエネルギーは、質量(m)×光速(c)の2乗に等しい。簡潔にして美しいその式は、一方で核爆弾の原拠でもあった。「とても小さな質量が、とても大きな量のエネルギーに変換されるかもしれないことを示しています」とは博士の言葉だ。天才の理論は米国によって実践され、広島と長崎は壊滅する。
その惨事から3年後につくられた、旧制広島市立高女の慰霊碑である。
なぜ慰霊碑にこの等式なのか。あらためて調べると、占領軍の統制を受けて「原爆」の2文字が禁句視された戦後しばらくの社会状況が浮かび上がる。
惨状は伏せられ、直接的な表現は許されない時代だった。碑の原型をつくった彫刻家は京都に湯川秀樹博士を訪ねて原子力について教えを乞い、この式で原爆を象徴したと伝えられる。レリーフに込めたのは、悲痛な祈りと慰め、そしてぎりぎりに抑えた怒りであったろう。
清らかに昇華された碑と裏腹に、女生徒らの最期は無残をきわめた。
碑の傍らに立って原爆ドーム上空を仰ぐと、その間近さに心が凍る。
*
爆心から500メートル前後。いま中空(なかぞら)で炸裂(さくれつ)すれば、火の玉は瞬時に私を焼くだろう。あの朝、市立高女の1、2年生約540人は建物疎開の動員でこの付近にいた。だれ一人助かることはなかった。
12歳から14歳ほどの少女たちだ。髪も焼け、口は裂け、目の飛び出た死骸となって折り重なっていた――翌日に付近を探し歩いた家族の証言が残る。
材木町と呼ばれたその辺りには他校の生徒も多数動員されていた。「あたかも煮干魚(いりこ)を乾かしたように、誰とも分からない無数の死体が散乱していた」との目撃談がある。直截(ちょくせつ)な表現に、悲しみと非人道への怒りが、きりきりと湧く。
そこは今、平和記念公園になり、原爆資料館が立つ。27日には原爆を落とした国の現職大統領が、71年をへて初めてやって来る。思惑含みの政治ショーではなく、無差別に消された幾多の命に「核廃絶」で報いる道程の、揺るがぬ足がかりとする決意は日米の政府にあるか――。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」で知られる原爆死没者慰霊碑も旧材木町の域内に立つ。オバマ大統領はここで献花する予定と聞く。
碑文の主語は誰なのかをめぐって、かつて論争があった。悔いと誓いの主語は日本なのか、米国なのか。物議をへて今は「人類」ということで多くに受け入れられている。「人類」という主語には説得力がある。しかし「みんなの責任」は往々、誰の責任でもなくなりがちだ。
7年前、プラハでの演説でオバマ氏は「核を使用した唯一の保有国として行動する道義的責任がある」と述べ、ノーベル賞を受けた。広島では、碑文の主語を自国と任ずるような言葉を聞きたい。それは「核なき世界」をめざす行動の主語を、大統領自身が、退任後もずっと担っていく決意と重なるはずだ。
そしてそのことは、先の戦争での責任に日本が真摯(しんし)に向き合うことと一対である。被爆した詩人、故・栗原貞子さんの一節を思い出す。「〈ヒロシマ〉というとき/〈ああヒロシマ〉と/やさしくこたえてくれるだろうか/〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉/〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉……」
*
両手を合わせて女生徒の碑に向き合うと、等式が刻まれた手箱は、かのパンドラの箱にも思えてくる。
アインシュタインはのちに、原爆製造を当時のルーズベルト米大統領に促す手紙に署名したことを「人生で大きな間違いを犯した」と悔いた。人間があけてしまった箱は人間が封じるほかはない。歴史的訪問を歓迎し、核廃絶へ、山を動かす意志を新たにしたい5月である。
2016.05.21(土) 晴れ
土曜講習。1年生にとっては初回なので、国数英各科目180~200名が参加する。国語は学年担任2名で担当するのが普通だが、大教室を使っても入りきれない人数なので、1学年の授業を担当しているもう一人の先生にお願いして、3名体制で実施する。ちなみに、その3クラスに星組、月組、太陽組と名前をつけたら、結構ウケる(笑)。ちなみに今日の私は月組担当…。
2016.05.20(金) 晴れ
平和な一日。放課後、星陵会館にて1年生の全体保護者会。連休明けに行った進路・生活調査の結果を簡単にご報告申し上げる。夏の勝山臨海教室の説明にいらした東大名誉教授の先生が、「長年東大入試に関わり、また総長の補佐も行ってきたが、東大で5月病になるのは、新しい私立の中高一貫校出身者が多い。東大合格者数のためだけに、本人の希望や適性を無視した進路指導をしているからである。それに対して、都立高の出身者や伝統のある私立高、国立校の出身者は五月病にならない。日常の学習や大きな行事などを通じて、自分の頭でしっかり考えることができるように育てられているからであり、本人の希望にそった進路指導がなされているからである。」とおっしゃっていた。その通りであろう。10762歩。
2016.05.19(木) 晴れ
1時間目から平常授業。3年生はさすがにダルそうだが、1年生はしっかり取り組んでいた。8996歩。
映画で「64」が公開されたので、横山秀夫の原作(文春文庫)を読んでみたが、とても面白い。重苦しい話が続くのだが、下巻になって新たな展開になると、感動的な結末に向かって一気呵成に物語が疾走する。ネタばれはまずいのであまり書けないが、あまり登場しない雨宮芳男がイイのである。映画では、永瀬正敏が演じるようだが、やはり素晴らしい役者が配されたというべきか。
2016.05.18(水) 晴れ
体育大会は昨日とは打って変わって青空! おかげで暑かったが、ジトッとした暑さでなかったのは幸いだった。ただ、生徒席は日陰もなく、ちょっと可哀想な感じがしないでもない。雨天で準備ができなかった得点版は、朝7時半から作業を始めて何とか開会に間に合わせる。全体の大会運営は、4年ぶりの学校校庭での開催ということもあってか、召集や機材準備に時間がかかり、予定よりも一時間オーバーとなってしまったが、しかしそれが許されるのも校庭だからであろう。クラスの方は、クラス全体の種目はあまり振るわなかったが、メインイベントであるクラス対応リレーで優勝を勝ちとり、「終わり良ければ全てよし!」といったところである。15580歩。
2016.05.17(火) 雨・曇り
予報通りの大雨で、体育大会順延はイイ判断だったといえよう。ただし、せっかくの今半のお弁当が今日出てしまい、明日は出ないのはちょっと残念(笑)。ちなみに、雨は夕方まで上がらなかったので、得点板の設置は結局明日の早朝である。やれやれ。
ところで、昨日から教育実習の第一期が始まっていて、若い卒業生諸君が15名くらい実習に来ている。職員室も若い方が多くなると、何となくイイ感じである。その代わり、授業見学を依頼されるので、かつての教え子とはいえ、それなりに気を遣う感じである。14530歩。
2016.05.16(月) 晴れ
午前中授業で、午後から体育大会の準備。ただし、明日は雨の予報となっており、すでに水曜日に順延する旨の案内が日比谷高校のホームページに出ている。ということで、明日は授業である。生徒たちは、届いたクラスTシャツを試着したり、競技の打ち合わせをしたりして楽しそうにしていたが、一日お預けである。ちなみに、私は得点板の係なのだが、雨と風が予想されることから、今日は下準備だけで実際の設置は見合わせた。明日の放課後設置できればよいが、最悪水曜日の朝設置かも。11696歩。
2016.05.15(日) 晴れ
イイ天気。昨日割り当てられて宿題に早速取りかかる。その間、ケーブルテレビやネットなどを利用している jcom の営業の方から、新しいサービスや電力自由化などの説明を受ける。電力に関しては、我が家の使用量程度だとそれほど大きな違いはないようだし、これからテレビやネットとセットになったお得版サービスが充実するとのことなので、とりあえず様子見ということに。
(↓昨晩、夫婦で夜鍋してイチゴジャムを作る)
2016.05.14(土) 晴れ
教科書用の指導書作成に向けて、久しぶりに編集会議。早速分担を割り当てられてしまったが(泣)、お若い優秀な先生方と仕事をともにすることは、これまた格別な喜びである。
2016.05.13(金) 晴れ
キヤピタル東急にて歓送迎会。懐かしい先生方と席をご一緒させていただき、楽しい時間を過ごす。コースのフランス料理で肉が美味しかったのは久しぶり♡。11203歩。
2016.05.12(木) 晴れ
久しぶりの快晴! クラスの生徒は体育祭の朝練である。教室の目の前がベランダになっていて、練習場所的には恵まれているかも。授業の方は、今日から新しい教材「絵仏師良秀」に入る。入門者には難しい教材で、いかに誤魔化すか?で教員の技として問われるといったところか(笑)。ちなみに、今日の内容理解の発問は、それなりにうまくいったのではないかと思うのだが、生徒諸君、どうだった? 10006歩。
2016.05.11(水) 曇り
朝の雨も昼前には上がってかなり暑くなってきたが、風が強くて窓が開けられず。それなのに、勇猛果敢?に窓を開けているクラスがあり、授業中はまるで(昨日の演劇の)「tempest」であった(笑)。ちなみに斎藤英和中辞典で「tempset」を引くと、「嵐、暴風、暴風雨。(より)大騒ぎ、騒動。」という普通の定義であった。9035歩。
オバマさんも、大統領末期で「次」を考えなくて済むから、広島訪問の決断が出来たのだろう。というか、「その次」を考えて決断したのかも知れない。しかし、どちらにせよ、この事実は記録されるわけで、一歩前進であることには変わりない。素直に喜びたい。
2016.05.10(火) 雨・曇り
1年生は英語劇鑑賞ということで、放課後、星陵会館で「テンペスト」(シェークスピア)鑑賞。台本を見ただけで見る気をなくし(…難しいし、訳わからないし…笑)、私は御免被ったが、さて生徒諸君の感想はどうだったのだろう? 最後の拍手が大切な劇らしいのだが、しっかり拍手できたのだろうか? 11976歩。
帰宅すると、北海道の親戚から大好きなアスパラの箱詰め(朝摘み!)が届いていた。早速茹でて食べたが、もう死ぬほど美味しいのである。あ~北海道に親戚がいて、本当によかった~~!
注文しておいた『熟語本位 英和中辞典』(斎藤秀三郎、岩波書店、1936年初版、2001年第44印)が届く。古本屋さんに「ほぼ新品」が1万円で出ていたのである。確かに美品で掘り出し物である。例えば「shop-boy」が「丁稚、手代、小僧」と訳されている辞典って、面白いでしょ。
2016.05.09(月) 曇り・雨
連休明けは、3年生の古文2時間(1クラス、2時間連続)と、1年生の漢文2時間(2クラス)である。どのクラスも連休明けの気だるさを感じさせない、イイ雰囲気の授業となってよかった。ちなみに、今日から水曜日までは学校公開日ということで、多くの方が参観にいらしていた。体育大会もいよいよ来週に迫り、2~3年生は応援の練習に忙しそうである。11783歩。
(↓我が家のアヤメが満開に)
2016.05.08(日) 晴れ
バスケ部のインターハイ予選の応援に出かける。身長差もあるし、ディフェンスは固いし、おまけに3ポイントまで入れてくる相手で、つけ入るスキが見つけられないまま残念ながら敗退。
(↓母の日ということで、息子一家から可愛いヒメシャガの鉢植えが届く)
2016.05.07(土) 晴れ
バスケ部の保護者会と練習で出校する。ところが、いつもと違うバックを持って行ったせいか、なんと財布を忘れてしまい、お昼のお弁当を買う時のコンビニのレジで気づく始末…(泣)。「スミマセン、財布を忘れました」と言ったところ、すでにレジに商品を入力していたにも関わらず、イヤな顔もせずに対応していただきありがたいやら恥ずかしいやら…(笑)。やれやれ。
2016.05.06(金) 曇り・雨
金曜日であるが、火曜日授業。連休明けは、何となく気だるいものであるが、3年生の授業は前期中間前の一番大切なところにさしかかりつつあるので、叱咤激励して?何とか乗りきる。9990歩。
2016.05.05(木) こどもの日 晴れ
連休最終日は本当にイイ天気。しかし、どこに出かけても混んでいそうなので、家で家事をしたり、明日からの授業の準備をしたりしながらのんびり過ごす。
2016.05.04(水) みどりの日 曇り・晴れ
孫たちを連れて豊島園シネマへ。じじ・ばばとしては「ズートピア」を見せたかった(見たかった…笑)のだが、孫どものたっての希望で「クレヨンしんちゃん」シリーズに(泣)。もうちょっとカットできるのではないかと思いつつも、まあそれなりに楽しめた。
(↓もう一本見たくてふくれっ面の妹の手を引いて…)
ところで、今日の新聞記事も面白かった。ここのところ引用ばかりだが、「(憲法を考える)立憲vs.非立憲:下」の中野晃一さんの論を引用しておこう。ちなみに、併載されている内田樹さんの論も面白いが、どちらかと言えばこちらに軍配か。
■非立憲的な政治、世界に拡散 上智大教授・中野晃一さん
戦後の日本において、立憲主義という言葉は忘れられ、憲法論争はもっぱら、9条を中心に、護憲か改憲かで行われてきました。
ところが、グローバル化の進展とともに、強い指導者が求められ、選挙で選ばれた時の政府が何でも決めていいというような、非立憲的な政治手法が広まった。さらに、安倍政権のもと、改憲勢力が非立憲ないし「壊憲」勢力に変貌(へんぼう)したことで、立憲主義が再び見いだされました。
ただ、立憲主義の危機は日本だけではありません。そもそも近代的な立憲主義は、国を単位として、政治や経済の秩序をつくる中で出てきた考え方です。
それが冷戦後、経済や安全保障のあり方が、国という枠組みを越えてしまったため、憲法秩序が極めて成立しづらい状況になり、非立憲的な政治が世界中に広がっています。米国や西欧で対テロのために市民の人権が制約されるようになっているのもその一例です。
非立憲化と同時に、ナショナリズムなどの情念を喚起して人々を動員する政治も世界的潮流です。国の財政はどこも厳しい。もう、金をばらまいて国民をまとめられないなか、国としての一体感を保つために、情念を使った動員への依存が進んでいます。各国で極右政党が選挙に勝利しているのはそのためです。
日本でも、小泉純一郎首相が構造改革を唱え、新自由主義的な経済政策を進める一方で、靖国参拝にこだわった。安倍晋三首相もその流れの中にあります。
経済のグローバル化に対応するため、政治も、新自由主義的な企業モデルに変質していきます。少数意見や弱者への配慮、熟議を嫌い、トップダウンでの「決められる政治」をめざす。「私が最高責任者」という安倍首相の言い方はまさに、CEO(最高経営責任者)そのものです。
■小選挙区制、乏しい選択肢
有権者はさながら、選挙の時だけ呼んでもらえるお客様です。政策や実績を見て「商品」を選び、評価は次の選挙で下してね、と。いい商品は売れる、悪い商品は淘汰(とうた)される。一見フェアですが、実際は、小選挙区制では「商品」の選択肢が少ない上に、死票が多い。マーケットがゆがんでいるのです。
小選挙区制は結局、A党かB党かを選ぶのではなく、政権党に○か×をつける戦いになる。×をつけられたくない政権党は、優れた政策で支持を広げる「正攻法」より、報道に圧力をかけたり、野党を分断したり、自分たちに有利なように民主主義の「土俵」を作りかえた方が手軽で早いと考えがちです。安倍首相がここまで非立憲的な振る舞いをしているのも、そういう理由だと思います。
小選挙区制導入には、二大政党が政権交代を繰り返すことでチェック・アンド・バランスをきかせるという発想がありましたが、民主党が壊れたら見事に何もなくなった。二大政党ありきで進んだ政治改革をもう一度見直し、多様な言論や政治的オプションを維持できる制度に変えていく必要があると思います。
(聞き手 論説委員・坪井ゆづる、藤原慎一)
本当にその通りだと思う。小選挙区制は、現在の政治の諸悪の根源である。
なお、「高校生直木賞に「ナイルパーチの女子会」」という記事もあるが、全国の高校生が議論して、直近1年の直木賞候補作から受賞作を選ぶというこの催しの実行委員会代表、明治大学准教授伊藤氏貴先生は、私といっしょに新しい教科書の監修をつとめた先生でもある。記事に掲載されている写真に写っていなくて残念(笑)。
2016.05.03(火) 憲法記念日 晴れ・曇り
私の妹の誕生祝い(今さら祝う年齢でもないのだが…笑)ということで、夜、家族で巣鴨にあるビストロに出かける。(お地蔵様は、観光客で超混雑していたらしい。)
(↓海鮮サラダ。具材はもちろん、ドレッシングが美味しいのである)
(↓伊勢海老のグラタン。今日はこれが食べたかったのである)
さて、今日は憲法記念日だけあって、新聞は読み応えがあった。朝日新聞1面の「座標軸」を引用。
(座標軸)立憲主義を取り戻す時 論説主幹・根本清樹
喫茶店や居酒屋での勉強会はクイズから始まる。「国民は憲法を守らないといけない。○か×か?」。正解は×――。
「明日の自由を守る若手弁護士の会」は、憲法を楽しく学ぶ催しを全国各地で続け、5月3日を前に「憲法カフェへようこそ」を出版した。なぜ×が正解なのか、新著に説明がある。
法律は国民が守らなければならないが、憲法は違う。憲法は、国民が首相や大臣、国会議員などの為政者に守らせる約束事。作用する向きが正反対なのだ。
憲法には政治権力がしていいこと、いけないことが書いてある。権力を憲法で縛り、暴走を防ぎ、国民の基本的人権を守る。こうした「立憲主義」の思想をもっと知ってほしい。若手弁護士の会の共同代表を務める黒澤いつきさんらは、そんな思いで活動を続ける。
■非立憲的な執政ぶり
憲法が公布されて今年11月3日で70年。歳月は重ねたが、立憲主義が本来の機能を果たしているとは到底言えない現状である。「非立憲」的と形容するしかない安倍政権の執政ぶりが、憲法の掲げる「人類普遍の原理」を傷つけている。
憲法の縛りを何とか解き放ちたい。この点で、政権の姿勢は一貫してきた。
発足直後から憲法96条の改憲要件を緩めようと模索し、批判を浴びて引っ込めた。普通の法律改正より厳格な手続きが必要なのは、時の権力を拘束する立憲主義からすれば当然だろう。
安保法制では強引さが際立った。(1)9条の下では集団的自衛権は行使できない(2)この解釈は時の政権が自由に変更できる性質のものでない(3)行使を認めるには条文を改正するほかない。こうして長年にわたり三重に施されてきた錠を、安倍政権は一挙に解いた。
憲法にもとづく臨時国会召集の要求を拒む。一票の格差是正で最高裁の判断に従うのを渋る。言論の自由や批判の自由を軽んじる。「権力分立」も「人権保障」も、およそ憲法の縛りというものに頓着がない。
そのような政権が、憲法に緊急事態条項を書き込むことに関心を寄せている。自民党の改憲草案によれば、内閣への権限の集中と、国民の人権の制限がセットである。縛りからの歯止めなき解放に至らないか、極めて危うい。
■民主主義に潜む危険
衆院選でも参院選でも勝利し、国民に信任されたではないか。首相はそう自負しているのかも知れない。正当に多数を握ったのだから何でもできるという発想だとすれば、それこそ非立憲的というほかない。
民主主義は優れた仕組みだが、多数派の専横に陥る危険も潜む。選挙が独裁者を生むこともある。立憲主義は民主主義にも疑いの目を向け、「数の論理」の横行や少数派の切り捨てに待ったをかける。その役割を忘れるわけにはいかない。
首相はこの夏の参院選で改憲を訴えるという。立憲主義をさらに傷つけることを許すのか。立憲主義を取り戻し、立て直すのか。主権者である私たち国民が、答えを出すしかない。
2016.05.02 (月) 曇り(@神奈川県)
遠足で「相模湖リゾート プレジャーフォレスト」(昔の「相模湖ピクニックランド」ですな)に出かける。渋滞もなく、施設もそんなに混んでいるわけでもなく、大きな事故もなく、無事に終了。BBQも、火を起こすのに時間がかかったせいか、逆に大いに楽しめてよかったかも(笑)。
2016.05.01 (日) 晴れ
早起きして、昨日植えたラベンダーを撮影する。
その後、息子たち夫婦と孫3人とともに、息子の家の近所の公園にお弁当を持ってピクニックに出かける。ちょうどイイ感じの天気でよかった。ただ、せっかくテントを持って行ったのに、この公園では使用禁止とのことで残念。でも、木陰は気持ちよかった~。