12月

2016.12.29(木) 晴れ 

 お正月に備えて、食料品やお花などの買い出し。門松や正月飾りも準備する(今日29日は「二重に苦しむ」に通じて飾り付けなどは避けた方がよいとのことなので、明日の朝設置する予定)。
 さて、明日から年寄りを連れてお伊勢参りに出かけます。本年の diary は今日が最後になりますが、来年は3日あたりから再開できたらと思っています。では、皆さま、よいお年を!

2016.12.28(水) 晴れ 

 大掃除決行。まあ、とりあえず年越しはできる雰囲気に(笑)。
 オバマ大統領の真珠湾での演説で印象に残ったフレーズは、「人間は歴史を選ぶことはできない。しかし、その歴史から何を学ぶかを選ぶことができる。」(As nations, and as people, we cannot choose the 
history that we inherit. But we can choose what lessons to draw from it, and use those 
lessons to chart our own futures.)の部分。演説だけは上手いのである。
 お二人が真珠湾を訪問したことの意義は大きいと思いつつも、お二人ともについて、演説と実際の行動との間に大きなギャップが存在するのは残念至極である。
夕方、お気に入りの花屋さんまで散歩)
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2016.12.27(火) 雨・曇り 

 雨で掃除もできず、読書(大黒岳彦『情報社会の<哲学>』勁草書房)して過ごす。雨が上がった2時過ぎ、運動も兼ねて自転車で石神井公園に出かけるもカワセミはまったく姿を現さず、1枚も撮影することなく帰宅する。まあ、そんな日もあらぁな。

2016.12.26(月) 曇り 

 庭のクリスマスツリーの電飾を片付けたり、灯油を買いに行ったり、年末の旅行の準備をしたり、本棚や書類の整理をしたりと、大掃除以外の細々とした用事を片付ける。

2016.12.25(日) 晴れ 

 誕生日であったが、主人から指摘されるまで忘れていた。やれやれ…(笑)。
 その主人が年賀状を作成するというので、Photoshop上で写真画像を切ったり貼ったり加工したりする技術指導?を、皿洗いとの交換で引き受ける。覚えの悪い生徒であったが、なかなかがんばっておりました(笑)。
これが私の賀状の原案。これを元に画像を入れ替えた)
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2016.12.24(土) 晴れ 

 年賀状を完成させて投函する。ホッ…である。一方、糸魚川で被災された方々は大変だろう。当たり前の生活が当たり前のことのように過ごせる幸せに感謝である。
 夜、「ゴッドファーザー Part3」鑑賞。いや~イイ映画である。見れば見るほど、感動が深まる作品である。
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2016.12.23(金) 晴れ 天皇誕生日

 最近は年齢のせいか、すっかり天皇の言葉も納得できるようになってきた。ちなみに、今「お言葉」と一度書いてから「お」を削除したのだが、大江健三郎さんは、未だに「あの方々」と言っているのであろうか。
 天皇の退位については、①80歳以上で、②ご本人のご希望が明確であり、③医師の診断書などがあって、④それをもとに判断する組織が決定を下す、といった条件で(他にも懸念される事態について配慮しながら)法の整備を進めたらどうだろうか。
 がんばって年賀状の原案を作成する。
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2016.12.22(木) 曇り・雨

 多くの学校が終業集会+大掃除+HRで終わりだと思うが、日比谷は6時間平常授業+大掃除+学級タイムということで、いつもの木曜日と同じ。2時間1年生の授業があって、合間に添削指導である。とはいっても、明日から冬休み。解放感があるなぁ~!…って、年賀状を考えないと。やれやれ。10106歩。
 今日の朝日新聞に、小熊英二さんが「脱ポピュリズム 「昭和の社会」と決別を」という論を載せていて、面白いので長いが引用しておこう。ちなみに私は小熊さんのファンで、『単一民族神話の起源』から初めて、分厚い『民主と愛国』、『1968』(上・下)や、新書の『社会を変えるには』や『生きて帰ってきた男』なども読んでいる。本を持つ力があるうちに(笑)読むことを勧めたい。

 ポピュリズムの支持者は誰か。遠藤乾はEU離脱支持が多い英国の町を訪ねた。そこでは移民の急増で病院予約がとれず、公営住宅が不足し、学級崩壊も起きている。「英国のアイデンティティ」の危機を感じる人も多い。
 だがこの論考で私の目を引いたのは、現地の女性が発したという以下の言葉だった。「彼ら移民は最低賃金の時給七ポンド弱(約九百六十円)で休日も働き残業もいとわない。英国人にはもうこんなことはできないでしょ?」
 私はこれを読んで、こう思った。それなら、日本に移民は必要ないだろう。最低賃金以下で休日出勤も残業もいとわない本国人が、大勢いるのだから。
 西欧で移民が働いている職場は、飲食や建設などだ。これらは日本では、(外国人や女性を含む)非正規労働者が多い職場である。西欧では移民が担っている低賃金の職を、日本では非正規や中小企業の労働者が担っているのだ。
 それでは、英国でEU離脱を支持した層は、日本ならどの層だろうか。日本の「非正規」が英国の移民にあたるなら、それは「非正規」ではないはずだ。
 先月も言及したが、大阪市長だった橋下徹の支持者は、むしろ管理職や正社員が多い。低所得の非正規労働者に橋下支持が多いというのは俗説にすぎない。
 米大統領選でも、トランプ票は中以上の所得層に多い。つまり低所得層(米国ならマイノリティー、西欧なら移民、日本なら「非正規」が多い部分)は右派ポピュリズムの攻撃対象であって、支持者は少ない。支持者は、低所得層の増大に危機感を抱く中間層に多いのだ。
 では、何が中間層を右派ポピュリズムに走らせるのか。それは、旧来の生活様式を維持できなくなる恐怖である。それが「昔ながらの自国のアイデンティティー」を防衛する志向をもたらすのだ。
 ファリード・ザカリアは、EU離脱やトランプを支持した有権者の動機は「経済的理由ではなく文化要因」だったと指摘する。移民増加や中絶容認などを嫌い、英国や米国のアイデンティティーの危機を感じたことが動機だというのだ。確かにその背景は、雇用の悪化で生活の変化を強いられたことではある。だがそれは、「古き良き生活」と観念的に結びついた国家アイデンティティーの防衛という文化的な形で表出するのだ。
 日本でも社会の変化とともに、右派的な傾向が生まれている。だが日本では、移民や中絶の問題は大きくない。その代わりに、歴史認識や夫婦別姓の問題が、「古き良き生活」と結びついた国家アイデンティティーの象徴となっている。
 そして調査によれば、ネットで右翼的な書き込みをしたり、「炎上」に加担する人に多い属性は、「年収が多い」「子供がいる」「男性」などだ。いわば「正社員のお父さん」である。
 この層は、旧来の生活様式、つまり終身雇用や専業主婦などが象徴していた「昭和の生活」を達成しようとあがきながら、それが危うくなっている中間層である。10月の本欄で述べたが、都市部で子供2人を大学に行かせれば、年収600万円でも、教育費を除いた収入は生活保護基準を下回ってしまう。
 さらに住宅を買い、多少の余裕を持つには年収800万でもぎりぎりだろう。統計上は「中の上」の収入でも、「昭和の生活」を維持するのは苦しいのだ。
 もっと働いて稼げ、というのは解決にならない。長時間労働はもう限界だ。日本の労働時間は平均では減少したが、それは非正規労働者が増えたためで、正社員の労働時間は増加傾向だ。長時間労働者の比率は欧米よりずっと多い。サービス残業のため「時給換算で約700円」の大企業正社員もいる。
 ではどうするか。無理が多い時は、目標の立て方を見直した方がよい。つまり「昭和の生活」をめざすことが無理なのだ。男性が年収800万を長時間労働で稼ごうとするよりも、男女が適正な労働時間で400万ずつ稼ぐ方が、現代の経済状況に適合している。「古き良き生活」に固執し続ければ、不安とストレスから抜け出せないし、右翼的な書き込みや投票行動をも誘発しかねない。
 しかも日本の労働生産性は製造業で米国の7割、サービス業で5割にすぎない。低賃金の長時間労働は、古い産業や古い経営を維持する結果になっている。今の日本は「昭和の社会構造」を維持するために疲れ切っているのだ。
 これは都市だけの話ではない。日本でも実習生という名の移民が農業や縫製などで働いている。安田浩一はこれを「日本の地場産業が、低賃金で働く外国人実習生によって、ぎりぎりのところで生き永らえている」と評した。安田によれば「移民によって日本が日本でなくなる」というのは逆で「外国人によって日本の風景が守られている」のが実態だ

過去への愛着は理解できる。だが人権侵害が指摘される制度を使ってまで「日本の風景」を維持するべきだろうか。同じく、人間を破壊する長時間労働で「昭和の社会」を維持するべきだろうか。それは他者と自分自身の人権を侵害し、差別と憎悪の連鎖を招きかねない。

右派ポピュリズムの支持者は誰か。それは古い様式に固執し、その維持のためには人権など二の次と考える人である。他者と自分の人権を尊重し、変化を受け入れること。それによってこそ、健全な社会と健全な経済が創られるはずだ。

2016.12.21(水) 晴れ 冬至

 今年最後の学級タイムでは、4月の入学時に提出してもらった「高校生活への期待と抱負」という作文をもう一度読み返してもらいながら、「4月からの一年間を振り返る」というテーマで最低400字の作文を書いてもらう。これからゆっくり詠ませていただこう! 11916歩。
 夜、NHKの「ファミリー・ヒストリー」という番組で、北野武さんの物語を見る。幼くして両親を失い、奉公先でも苦労した母親のさきさんは、「お金は(人に)奪われてしまうが、身につけた教育は奪われない」という強い思いで、子どもたちの教育を大切にしたのだそうだ。感動。
 主人が帰宅してから、懐中電灯を灯して庭の柚子を採取。今年我が家の柚子は当たり年で、かなり実をつけているのである。摘み立ての新鮮な柚子の柚子湯に入るが、フレッシュすぎて香りがせず、あまり意味なし…笑。

2016.12.20(火) 晴れ

 放課後、演劇部の公演を見に行く…も、途中で居眠り。スマン(笑)。
 夜の教育法は、レポートを集めた後、学生が用意してくれた店で忘年会。ここ数年は、毎年学生が打ち上げの会を企画してくれるのである。私の講義もなかなか堂に入ってきたかなぁ~(笑)。あ~楽しかった!12526歩。

2016.12.19(月) 晴れ

 暖かめな一日、かつ、平和な一日。10079歩。

2016.12.18(日) 晴れ

 息子一家と一緒に、我が家でクリスマス会&12月生まれの人の誕生会。大騒ぎ(笑)。
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2016.12.17(土) 晴れ

 午前中、1年生の土曜講習。センター試験の漢文の過去問を使いながら、これからの学習のポイントを示す。
 午後から入学相談会。

2016.12.16(金) 晴れ

 3年生の特別授業の3回目。前回の反省を踏まえ、みごと!時間内に終了。他の先生にも驚かれる(笑)。
 夜、親しい友人と、阿佐ヶ谷のイタリアンで忘年会。白+赤のワインでイイ気分。12739歩。

2016.12.15(木) 晴れ

 今日の女子の体育(ダンス)は、グループによる創作ダンスの発表会だった模様。以前は放課後に行われていたので、男子ともども観覧に行けたりしたのだが、ちょっと残念。
 13日のところに挙げた鳥さんについて、今日はお二人からご連絡をいただく。お二人とも「モズ」とのこと。特にお一人からは、「眼のところを通っている黒い部分を「過眼線」といいます。過眼線が茶色っぽいし、お腹の線(波状線という)が多めなので、このコはたぶんメスです。」と詳しい解説つき・画像つきでご教示いただく。多謝。ちなみに、お腹のあたりにウロコ状の模様が見てたりするので、もっと変わった?鳥かなぁ~と思っていたので、実は「モズ」と聞いて微妙にガッカリ(笑)。9054歩。

2016.12.14(水) 雨のち晴れ

 学級タイムは、体育館で学年集会。10月模試の結果を返却し、国数英各教科から復習のポイントなどについて話す。私は、考査直前にやった進路調査の結果について、今回の模試の結果とからめながら報告する。解き直しをしっかりすること、予習中心の学習体制を再構築することなどについて注意を促す。その後、教室に戻って後期中間考査の結果を返却する。生徒諸君にとってはダブルパンチ?(笑) 11398歩。

2016.12.13(火) 晴れのち雨

 3年生の特別授業2回目。今回は時間を間違わないように注意する。それでも、時間不足気味。
 放課後、駿台の模試担当の方に来ていただいて、10月の模試の結果について、他校比較なども含めながら分析していただく。記述問題にまだまだ改善の余地があるとのことで、それを今後の授業に生かしたい。
 夜の教育法は、2回ずつの模擬授業が終わって、今日は私が模擬授業を行う。今年の先生向け公開授業でやった『伊勢物語』(第六段、芥川)とほぼ同内容で、先ずは第一段落のみ示してファンタジーを味わい、次に第二段落を示すことで、鬼の意味や敬語の意義を考える授業である。みんな熱心、かつ積極的に高校生役をこなしてくれて?、授業をしている私も楽しかった。14914歩。
土曜日には、こんな鳥も撮った。何て鳥ですかね?)
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2016.12.12(月) 晴れ

 今、『おかしいぞ!国語教科書~古すぎる万葉集の読み方』(梶川信行編、笠間書院、2016)という本を読んでいるのだが、まだ読書中であり、最終的にはイイ論文も出てくるのかもしれないが、今のところちょっとレベルが低い論が多くて残念である。もちろん、「古すぎる」とご指摘をいただいた点については教科書編集者として謙虚に改善すべき方向を探りたいと思う。しかし、教科書は使ってもらわなければ(採択してもらわなければ)意味がないわけで、論の中にもあるが、万葉専門の教員はごく少数であることを考えると、その方々にお喜びいただく編集をしていたら、逆に万葉非専門の先生方にはまったく受け入れられなくなる可能性もあるのである。つまり、結果として和歌の単元は、教材研究の蓄積のある有名な歌のパッチワークにならざるを得ない状況もあるのである。
 ちなみに、和歌が分かっているのかなぁ~という感じの論もある。例えば、「~句切れが音読によって理解されることを明示している。教出309などが、音読活動を前提とせずに句切れを指摘させようとしている点とは異なっている。(中略)百人一首かるたの影響からか、三句切れが和歌の句切れの基本であると、無意識に理解している人が多いという可能性がある中で、音読→意味の理解→句切れの意識と学習が進むことは、親しみながら理解できる、という、まさしく「生涯にわたって古典に親しむ態度」の育成に役立つに違いない。」と書いている方がいるのだが、この方は「句切れ」が理解できているのかどうか。句切れとは基本的に文法的概念であって、正しい音読は、文法による正しい句切れの解析ができていて初めて成り立つのである。とすれば、「音読→意味の理解→句切れの意識」という順序はまったく逆で、「句切れの意識→意味の理解→音読」となるのが正しい。もちろん、色々なレベルの学校(学生)がいるから、いきなり文法的解析から入るのは…というのは理解できるので、徹底的に音読させながら句切れを体得させるという方向もないとは言えないが、この方の論はそういう幅のある実践を踏まえてのものではなく、単なる句切れの無理解によるもののようである。というわけで、この論集のレベルが分かるといったところか。14138歩。
 今日は主人の誕生日。デパ地下でケーキを奮発する。
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2016.12.11(日) 晴れ

 今日は、部屋にクリスマスツリーを出して飾り付けをしたり、庭の手入れをしたり、手入れをした木にクリスマスの電飾を施したり、クルマを車検に出したり…などと、家庭的な?一日を過ごす。

2016.12.10(土) 晴れ

 午前中、FUJI X-T2 に XF100-400mm をつけて石神井公園にカワセミを撮影に出かける。カワセミ狙いは久しぶりだったが、何と幸運なことに1時間近くカワセミが飛び回り、それを追いかけては撮影。風が強かったが日差しもたっぷりあって、キレイな色を撮ることができた。しかし、もはやミラーレスでも充分に撮影できる。レンズが暗いので、シャッタースピードを稼げない…飛んでいる姿をしっかり「止める」ことができずブレでしまう…ことが唯一の不満点か。あ~楽しかった!!! (鳥果は「こちら」から)
動画も撮影してみました。Chrome や Safari では見られず、Microsoft Edge だと再生されます)

2016.12.09(金) 晴れ 夏目漱石没後100年

 3年生の特別授業の第一回目。センター試験の予想問題集をやったのだが、終わりの時間を10分も間違っていて、問題の解説もこれから山場…というところで時間切れ。いやはや、3年生諸君、申し訳ない(泣)。一方、1年生の古典は、『土佐日記』(門出)を小松英雄先生の学説を参考に、冒頭の一文に仕組まれた秘密の掛詞(「女もしてみむ」のところに「女文字」が隠されている)を探させるという導入を工夫をしてみたところ、大いに盛り上がって、続く助動詞探しの作業にも熱心に取り組んでくれた。12799歩。
 この映画(こちら(先ずはTrailer2がお勧め))が楽しみで、今日 iTunes Store で発売になったばかりのサウンドトラックを早速購入。エマ・ストーンもライアン・ゴズリングもどちらも素敵!

2016.12.08(木) 晴れ

 昨日生物の先生に褒められた話を書いたが、今日は英語の先生から、「考査の結果はよかったし、ALTの先生方からも、もっとも楽しいクラスって言われてますよ!」とお褒めの言葉を頂く。う~む、後期になってすっかり勉強のクラスになったようで何よりである…?(笑) 9256歩。
 連日で辟易かもしれないが、今日の「(耕論)社会の底が抜けた」も重要なテーマであると思うので、その中から、文化心理学者の出口真紀子さんと、元毎日放送記者、日本ペンクラブ理事の西村秀樹氏の論を引用しておく。

■「特権」気づかせる教育を        出口真紀子さん(文化心理学者)
 特定の人種や民族、少数者に差別感情を抱いている人は米国に常に一定数います。しかし、そうした感情を表に出してはいけないという社会的な規範が、これまで彼らを抑えていました。
 ところが、移民や女性への差別感情を隠さないトランプ氏が登場し、次期大統領に選ばれたことで、たがが外れてしまったようです。ある社会心理学者が大統領選挙の前と後にした実験では、人々の社会的規範が明らかに変化していました。差別的なことを言っても大丈夫、という空気が広がっています。
 権力にある側が差別を抑えるどころか、むしろ助長している。それは日本も同じです。沖縄で米軍ヘリパッド建設に抗議する人たちに向けられた「土人」という罵声を、現職の沖縄北方相が「差別とは断定できない」と擁護したのも、その表れです。
 日米で共通しているのは、差別の対象にならない人々、マジョリティー(多数派)の多くは危機感を抱いていないことです。マジョリティーは労することなく得た優位性を持っていて、心理学では「特権」と呼びます。土人発言問題では、本土の人々が沖縄ではなくたまたま本土に生まれたということが特権です。特権集団は、自分には特権があるという認識が欠けていて、社会的抑圧の現実を否定するか見ないようにしがちです。
 トランプ氏は米国ではまさにマジョリティーです。白人で、男性で、経済的には上流階級に属し、宗教的にも少数者ではありません。さらに「それが何か」と開き直っているようにみえます。選挙中に叫んだ「アメリカを再び偉大に」という言葉には、人種的マジョリティー、つまり白人のアメリカを取り戻せという意味が込められています。
 米国のメディア、特にテレビはトランプ氏にあまりにも甘かった。過激な言動が何のフィルターにもかからず家庭に入り込みました。選挙戦の対抗相手は女性で、社会に内面化された女性蔑視があったことも否めません。
 日米を見渡すと、このような状況に至った要因に、人権教育の欠如があると思います。米国では、黒人奴隷の歴史や太平洋戦争中に日系人を収容所に入れた事実などを学校でどこまで教えるか、州により一様ではありません。それがトランプ氏を支持した州としなかった州の分断にも関係していると感じます。
 日本でもかつては、部落差別をなくすための同和教育などがそれなりに行われていましたが、今は十分とはいえません。現政権は人権教育には関心がなく、自民党は基本的人権を大幅に制限する改憲草案を持っています。
 マジョリティー側は自分の特権に気づかない。だから気づかせる教育の徹底が大事なのです。

■権力でなく弱者向く不満        西村秀樹さん(近畿大学人権問題研究所客員教授)
 大阪府警の機動隊員が、沖縄の米軍基地に反対する人たちに「土人」などとの暴言をはき、松井一郎・大阪府知事や鶴保庸介・沖縄北方相が、それを擁護するかのような発言をしました。そのうえ政府は「土人」が差別用語にあたるかどうか「一義的に述べることは困難」とする答弁書を閣議決定しました。一連の動きに驚くばかりです。
 私自身は、大阪のテレビ局で長年、在日コリアンや被差別部落の問題を取材してきました。大阪には沖縄出身の人もたくさん住んでいます。差別の問題に敏感であるべき大阪の関係者から、無神経な発言がなされたのは残念です。
 こうした発言に対して市民社会が上げる声は、かつてより弱くなりました。労働組合や人権団体の力の低下も影響を及ぼしています。「松井知事、よく言ってくれた」という書き込みまであります。経済的な格差や貧困などの不満が、権力の側ではなく、マイノリティーに向けられているのではないでしょうか。
 歴史をさかのぼると、明治の初め、「賤民(せんみん)廃止令」に反対する民衆一揆が西日本を中心に起き、被差別部落が襲われた事件がありました。権力に向かうべき民衆の不満が、弱者に向けられたのです。それは現代においても、相模原市で起きた障害者施設の襲撃事件などに通底している気がします。
 ヘイトスピーチ対策法が今年6月に施行されました。罰則のない理念法で、不十分な点は多々ありますが、排外的なデモを防ぐ一定の効果はみられます。一方、インターネットでは、民族や部落差別、性的少数者(LGBT)への差別などの書き込みは、ほとんど野放しです。
 テレビの場合、NHKと民放がつくる、自主的な第三者機関として放送倫理・番組向上機構(BPO)があり、番組を審査します。ネットのプロバイダーもこうした機関をつくり、悪質な差別表現に対しては削除を勧告すべきです。権力の介入を防ぎ、表現の自由を守るためにも必要な手立てです。プロバイダーの側は、差別書き込みが、書かれた当事者に深い傷を与え、ときには自殺に追い込むこともあるという危機感が足りないのではないでしょうか。
 社会の底が抜けないよう、手を打つ必要があります。日本は人種差別撤廃条約を1995年に批准しましたが、関連する国内法が整備されていません。政府から独立性を持つ人権擁護機関をつくれば、被害の救済により有効に対応できるでしょう。
 新聞やテレビなどの既存メディアは、もっと感覚を磨き、差別を許さないという姿勢を明確に打ち出すべきです。ネットからの攻撃を恐れて首をすくめているようにみえて仕方ありません。

2016.12.07(水) 晴れ

 今日から3年生は特別授業。1年生はいつも通りの授業である。後期中間考査も終わり、学級タイムでは席替えを行う。またまた心機一転といったところである。生物の先生からは、「奇跡が起きました。13Rが私の担当するクラスの中では何と平均点がトップになりました!」と報告を受ける。前回までは2回連続で最下位だったのである(笑)。よしよし…。10263歩。
 ところで、ロクなことをしない安倍首相だが、オバマ大統領との真珠湾訪問はイイのではないかと思う。オバマ大統領も広島に来たことでもあるし、安部さんが真珠湾に出かけることで、もう一度歴史を正視するきっかけになればよいと思う。そうすれば、軍港だった真珠湾への攻撃と、無辜の市民を犠牲にした広島・長崎の犯罪性の違いも明確になるに違いない。そういうことも含め、この日米開戦の背景をもう一度掘り下げることは重要であろう。今日の朝日新聞「(耕論)日米開戦から75年」に掲載されている歴史家堀田江理さんの論は参考になるので引用しておきたい。

■責任不明確、同じ問題いまも         堀田江理さん(歴史研究家)
 日米開戦から75年の節目に、日本の現職首相が初めて、米大統領とともに真珠湾を訪れる。このニュースを、希望をもって受け止めました。
 犠牲者の慰霊、未来への平和の祈りはもちろんですが、なぜ日本が真珠湾の奇襲攻撃によって開戦したか、多くの人が興味をもつきっかけになればと願っています。
 私自身がこの問題と直面したのは、東京から編入したニューヨーク近郊の高校でのことです。歴史の授業で級友に「なぜ日本は真珠湾を攻撃したの」と聞かれ、うまく説明できなかったことから、探求が始まりました。
 米国では、太平洋戦争はだまし討ちによって余儀なくされた「大義のための戦い」と認識されがちです。米読者に日本側の背景を伝えたいと、英語で本を出したのが3年前です。政治家や軍人の日記、回想録、政府内議事録、米公文書館の外交史料などを突き合わせ、書き進めました。今年6月、その日本語版「1941 決意なき開戦」を刊行しました。
 調べるにつれ、日本は戦争を避けられる機会を次々と逃し、選択肢を狭め、ほぼ勝算のない戦いになだれ込んだ、という思いを深めました。
 例えば1941年6月、ドイツがソ連と開戦したことは、日本が日独伊三国同盟から離脱する絶好の機会でした。米政府との関係修復の大きな一歩となったはずです。しかし日本はその可能性を積極的に検討せず、7月には南部仏領インドシナへの進駐を決定します。ルーズベルト米大統領は日本の撤兵と引き換えにインドシナの中立化を提案します。政府はこれを黙殺し進駐を決行、米国は「冷水を浴びせられた」と態度を硬化させます。撤退は屈辱的でも、後に来る開戦よりはるかに賢明な選択だったはずです。
    *
 日本では開戦を、軍部の独走と考える人が多いでしょう。米国の対日石油輸出禁止や米、英、中、オランダによる「ABCD包囲網」で追い詰められた結果という被害者意識も共存しています。
 実際は、要所要所で戦争回避とは異なる選択を続け、自ら後戻りを難しくしたのです。政府や軍部にも開戦反対をほのめかす人はいました。しかし、身を挺(てい)し戦争に歯止めをかけようとする指導者はいませんでした。
 米国の工業生産能力は日本の74倍以上という政府機関の調査結果もあり、日米戦が圧倒的に不利なことは明白でした。しかし万が一に望みをかけ、打って出たのが75年前の12月でした。メディアの妥協も見過ごせません。31年の満州事変から、新聞はこぞって軍部を支えました。自己検閲を一度始めると、軌道修正は難しいものです。
 英語版の刊行直後、面識のある作家フィリップ・ロスから手紙が来ました。「真珠湾攻撃のとき8歳だった。80歳でこの本を読み、やっと開戦の経緯を理解できた」と書かれていました。日本側の弁明と受け止められるのを懸念していましたが、米国での書評は「複雑な政策決定がわかりやすく述べられている」と好意的でした。
    *
 日本語版の副題は「現代日本の起源」です。開戦は多くの公式、非公式の会議を経て下されました。にもかかわらず、指導者層にことごとく当事者意識が欠けていました。東京電力福島第一原発の事故も新国立競技場の建設も、事後処理や決定過程が75年前と酷似しています。
 豊洲市場の建物の下に盛り土がない問題も同じです。小池百合子東京都知事は「流れの中で、空気の中で進んでいった」と説明しました。責任の所在がわからない点で似ています。開戦の決断を取り囲む状況を「空気」「雰囲気」でよりよく説明することはできます。しかし判断ミスや勇気の欠如は、自然発生しません。責任は、あくまでも人間にあるのです。

2016.12.06(火) 晴れ

 後期中間考査最終日。考査終了後、1年生は「人間と社会」の学習ということで、憲政記念会館の落ち葉清掃に出かける。風が強くて、落ち葉を集める側から葉が舞い落ちてくる状況だったが、それほど寒くもならず、アッという間に用意されたゴミ袋200枚が満杯になる。
 夜の教育法は、『伊勢物語』東下りの2回目。しっかり準備がなされており、前回指摘された点を改善しようとする姿勢が見られてとても良かった。特に、授業のまとめは、私も見落としていたことをうまく使った展開で、今度授業をする時には、ぜひ取り入れたいと思った。指導者としての立場で講義に臨んでいるわけだが、こうして逆に学生諸君から授業のヒントをもらえたりもするわけで、実に幸せなことである。19843歩。・

2016.12.05(月) 晴れ

 後期中間考査第3日目。1年生の古典の答案が出る。途中まで採点したが、概ね良好。ただし、問題が多いせいか、最後まで到達していない生徒も散見される。最後の問題は漢文の基本を確認する重要問題なので、間に合わなかった諸君は、ぜひ自宅でチャレンジかつ暗記しておいてほしいものである。12616歩。
 今日の朝日新聞朝刊、「(トランプの文脈:上)ポピュリズム 知性による支配へ反発」を引用。

 約20年前に米国カリフォルニア州に移り住んだ詩人の伊藤比呂美さんは、米大統領選でドナルド・トランプ氏が当選した理由を今も考え続けている。
 「メキシコからの移民は米国に麻薬と犯罪を持ってくる。強姦(ごうかん)者だ」
 そんな差別的で排外的な言葉をあからさまに語るトランプ氏。人間としてのおぞましさが表れている、と伊藤さんは考えていた。
 だが、犬の散歩で毎朝訪れる公園では不法移民とみられる人たちが野宿をしている。ビール瓶が散乱し、大便や使用済みの避妊具も落ちている。「彼らに強い嫌悪感を抱き、取り除きたいと思ってしまう人がいる。そう思わないよう私たちは教育を受けてきた。でも、思ってしまうのは理解できる」
 伊藤さんは移住の際、先輩の詩人に推薦状を書いてもらうなど、苦労してグリーンカード(永住許可証)を獲得した。税も負担している伊藤さんのような「合法移民」にとって、コストを負わない不法移民に仕事まで奪われたら……。同じ移民の間に分断が起きてしまう状況だ。
 「弱い立場にある人間が、より弱い人間を攻撃してしまう。そういうエネルギーが彼を大統領に押し上げたのではないか
 米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ・リポート」。11月号の特集は「欧米のポピュリズムが収束しない理由」だった。移民や難民の排斥を訴える政治勢力の台頭に光を当てた。
 ポピュリズムとは何か。
 ジョージア大学准教授で国際関係論が専門のカス・ムッデ氏は、敵対しあう二つの集団へと社会を分裂させるイデオロギーだ、と定義する。典型的なのは、一方に「無垢(むく)な人々」、他方に「政治的に腐敗したエリート」を対置する構図だ。
 日本でも数年前、ポピュリズムをめぐる議論が起きた。橋下徹・大阪市長(当時)らの人気がなぜ高いのか、との問題意識からだった。当時注目された論者の1人が、米国のポピュリズムを「反知性主義」というキーワードから読み解いた宗教学者の森本あんり・国際基督教大学教授だ。
 「知性」そのものへの反対ではなく、本来は神の前ではすべての人々が平等であるという信仰心を基盤にした、「知性が特定の権力と固定的に結びつくこと」への健全な反感。それが反知性主義だと、森本さんは説いた。エリート大学の出身者が社会の上層部を占め、自分たちの子を再びエリート大学に送り込む。そうしたものへの反発だ。
 今のトランプ現象をどう見ているのか。
 「移民の国で『移民は出て行け』と言ったら、残るのは先住民だけ。米国における移民排斥とは、『自分は定住者になった』と認識する人々が後から来る貧しい移民を排除する構図をとる。既得権の擁護です」
 エリートの既得権を攻撃しながら、「先行者」たちの既得権を擁護する存在でもあるトランプ氏。「ただし、彼自身が権力者になったら、自らも『権力批判』の対象になる。とりわけ自分の身内をひいきする行為は、ポピュリズムの根底にある平等の重視と衝突します」
 社会学者の竹内洋・関西大学東京センター長は、学者を「現実を知らない役立たず」と批判することで支持を広げた橋下氏の例に注意を促す。ポピュリズムとは「情念の政治」であり、支持層の中には知への憎しみがひそんでいたと見る。
 「知を持つ者が持たない者を支配する構造のもとでは、支配される側に憤懣(ふんまん)が生まれる。知がはらむ暴力性に敏感になった方がいい」
 明治以降、富国・成長を目指した日本には、学歴があれば得をする、つまり、知には実利が伴うと期待できる状況があった。「誰でも知的存在になれると信じられたから、建前としては知を尊重しようと合意できた」
 だが、エリート層とそれ以外との格差が再生産されるようになると、「知の民主化」は幻想だと気づく人が増え始める。それとともに、建前を軽視する動きが広がってきたという。
 分断の間を架橋するような知は構想できるのか。
 「難しい」と語ったうえで、こう付け加えた。
 「少なくとも、感情と知を二分法で捉える発想からは離れる必要がある。どんな知性も感情を土台にしているし、感情的に見える言動の中にも洞察はある。トランプ的で粗暴な批判。それに負のレッテルを貼るだけではなく正面から向き合うことから、始めるしかない。

2016.12.04(日) 晴れ

 年末になって、賀状の欠礼葉書が届くようになったが、今年は例年に増して多いような気がする。友人と久しぶりに集まったりしても、自分の病気の話(自慢?)や親の介護の話などで盛り上がるするようになったわけで、そういうことを考えると、仕方ないことなのかも知れない。
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2016.12.03(土) 晴れ

 久しぶりにイイ天気の週末である。午後の仕事に備えて、午前中に石神井川公園に自転車で出かけて紅葉を撮影。清々しい空気が気持ちよかった~。
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2016.12.02(金) 晴れ

 後期中間考査第2日目。3年生の古典の答案が出る。週末忙しくなるかも知れないので、昨日出た1年生の答案ともども必死に採点する。1年生の現代文は過去最高の平均点、しかも20点配点の漢字の平均点も高くてなかなかイイ感じ。一方、3年生の方は、考査ごとに平均点が下がり気味で、単語レベルで訳させる基本的な問題も入れておいたのだが、今回も予想を下回る結果に。本番が近いが大丈夫だろうか…。12601歩。

2016.12.01(木) 雨のち晴れ

 後期中間考査第1日目。1年生の現代文の答案が出る。採点を始めたが、漢字をはじめとしてまずまずの出来である。小説教材については、ちょっと変わった授業(指導の概要はこちら)を行ったのだが、30点満点の配点で25点を超える生徒が多く、しっかり本文を読んでくれたようでうれしい感じである。10373歩。