9月

2014.09.30 (火)  晴れ

 3時間授業をやって、その後前期終業式と学級タイム。学級タイムでは、入試科目を一覧にした冊子や願書を手に入れるための冊子、模試の申込書10種類!などを配布して、いよいよ…という雰囲気を作ったつもりであったが、果たして生徒諸君には通じたのであろうか(笑)? ちなみに、生徒たちは楽しそうに席替えをやっていた…。13517歩。
 蓮実重彦先生が筑摩書房から『「ボヴァリー夫人」論』を出版されて、それが読みたくてたまらないのだが、そもそもの『ボヴァリー夫人』(フロベール)を読んでいないので、河出文庫版を買ってみる。さて、読み通せるだろうか。

2014.09.29 (月)  晴れ

 午前中3時間授業、午後から会議が二つ。合間に、明日の前期終業式に向けていろいろ準備する。
 ところで、何かと話題のiOSの新バージョン、新しもの好きの私は当然のことながらアップデートしてしまったのだが、巷の話題通り、非常に困ったアップデートであった。だいたい私が使っているのはiPhone4Sなので、動作がかなり重くなった。特に日本語入力では、私の入力速度にさえついてこれない始末で、誤入力続出…。やれやれである。皆さん同じ意見のようだが、これはどうも「6」に買い換えよというアップルの陰謀だろう。困ったものである。9110歩。

2014.09.28 (日)  晴れ

 写真を整理したりして過ごす。24日のところに書いた高橋俊充さんの写真集をじっくり鑑賞。中身の写真を紹介するわけにはいかないが、まあちょっとだけ…って、ヘタな写真で本物の素晴らしさを台無しにして申し訳ないのだが、私としてはこんな写真が撮りたいわけである。
電話の質感とオシャレな構図!)
SDIM0524.jpg
浮かび上がる人物!)
SDIM0525.jpg
 公開されている画像は「こちらー1」と「こちらー2」から。ちなみに、私はこれを見て FUJI にマウント変更したのである。
「dp2 quattro」で撮った画像でRAW現像にチャレンジしてみる。何か、スゴイカメラのような気がする。
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2014.09.27 (土)  晴れ

 キヤノンフォトサークルに掲載されたネコの写真について主人の一言、「あなた昔から「タイトルも大切」って言ってたけど、あの写真、タイトルが「駐車場のネコ」だったら掲載されてないんじゃない?」。う~ん、なかなか鋭い。あのタイトルは結構考えたのである(笑)。
 今日はセンター模試の校舎管理ということで出校する。朝の8時半から夜の6時45分まで、生徒たちは一日がかりで5教科の問題と格闘…。いやはや大したものである。

2014.09.26 (金)  晴れ

 今日は開校記念日。午前中、昭和記念公園へ(風があってコスモスがうまく撮れず、残念)。午後から原稿を書いて、夜は編集会議。ちなみに今週を振り返ってみると、高校が2日、大学が1日、編集会議が3日ということで、編集会議が一番多かったのである。やれやれ。
秋晴れ
 キヤノンフォトサークルに写真が掲載される。タイトルは「生きる」。孫が遊びに来た時に近所の公園へ出かけたのだが、その途中で出会ったノラネコを撮影したもの。ネコが浮かび上がるような感じに撮れて、好きな一枚である。掲載されることは多分ないだろうなぁと思いながら投稿したが、掲載していただいてうれしい。ジャンルマスターの古賀絵里子先生から、「arakiさん、散歩中に横切ったノラ猫に目があってとっさに撮った一枚なんですね。駐車場の雰囲気と、ノラ猫の目付きの鋭さが都会の野性味を感じさせてくれます。浅い絞りだけど、ノラ猫の目にきちんとピントが合いました!」とコメントをいただく。
生きる

2014.09.25 (木)  雨・曇り

 星陵祭の振替休業日。天気が悪い日に家にいられてラッキー。たまった仕事もはかどる。
 ところで、今日の朝日新聞の「論壇時評」(高橋源一郎氏)と「あすをさぐる」(小熊英二氏)はともに面白いので、かなり長くなるが引用しておきたい。特に文系の諸君、しっかり読んでおきましょう。
(論壇時評)「愛国」の「作法」について 作家・高橋源一郎

 学校で「新聞」を作るプロジェクトに参加している小学生の息子が、おれの机の上に積まれていた新聞と雑誌を見つけ、「これ、なに? 読んでいい?」と訊(き)いてきた。おれは、少し考えて、「止(や)めときな」といった。
 「なんで?」
 「下品で卑しいものが混じってるから。そのうち、きみはそういうものにたくさん出会うことになるだろうが、いまは、もっと気品があって美しいものを読んでいてもらいたいんだよ。パパとしては」
 「わかった」。そういって、息子は書斎を出ていった。おれは、なんだかちょっと悲しく、憂鬱(ゆううつ)だった。
 朝日新聞は、二つの大きな「誤報」を作り出した。「誤報」に関しては、擁護のしようもない。その後の対応も、どうかしている。だから、批判は甘んじて受けるべきだ、とおれは考えていた。机の上にあったのは、その「誤報」を批判するものだった。
 その中には、有益なものも、深く考えさせられるものもある。だが、ひどいものも多い。ひどすぎる。ほんとに。罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐。そして、「反日」や「売国」といったことばが頻出する。
 そんなことばが使われること自体は珍しくない。「前の戦争」のときにおれたちのこの国で、1950年代のアメリカで、旧ソ連時代のロシアで、そして、ナチス支配下のドイツで、「愛国」の名の下に、それに反すると認定された者は、「売国奴」(ときに、「共産主義者」や「人民の敵」ということばも使われた)と呼ばれ、容赦なく叩(たた)きのめされ、社会的に(あるいは身体的に)抹殺された。いまも世界中で、同じことは行われ続けている。いや、気がつけば、おれたちの国では、その「語法」が、「憎しみ」と軽侮に満ち、相手を一方的に叩きのめす「語法」が広がっている。
     *
 2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルに2機の飛行機が突入した。イスラム原理主義グループによる同時多発テロだ。ベルリン滞在中のアメリカ人作家スーザン・ソンタグは、その2日後、このことについて意見を書き、テロから6日後に発売された雑誌に掲載された。ソンタグはこう書いている……まず、共に悲しもう。だが、みんなで一緒に愚か者になる必要はない。テロの実行者たちを「臆病者」と批判するが、そのことばは彼らにではなく、報復のおそれのない距離・高度から殺戮(さつりく)を行ってきた者(我らの軍隊)の方がふさわしい。欺瞞(ぎまん)や妄言はなにも解決しない。現実を隠蔽(いんぺい)する物言いは、成熟した民主国家の名を汚すものだ、と。
 この発言は、「団結」を乱すものとして、全米で憤激を巻き起こした。ソンタグは「アメリカの敵」を擁護する「売国奴」と見なされ、殺害予告をされるまでに至った。それでも、ソンタグはすぐにニューヨークに戻り、発言を続けた。
 彼女は、どうしてそんな発言をしたのだろうか。おれは、ずっと考えてきた。もしかしたら、彼女は、殺されても仕方ないと思っていたのかもしれない(彼女は、長期にわたる癌〈がん〉闘病生活を送っていて、2004年に亡くなる)。愛する祖国が、憎悪にかられて、暴走するのを止めるために、「正気」に戻るよう促すためには、それしか方法がなかったのかもしれない。実際、ブッシュ政権下のアメリカはやがて、「イラクには大量破壊兵器がある」という情報を捏造(ねつぞう)して、戦争を開始することになるのである。
 おれは、ソンタグのような人間こそが、最高の愛国者ではないかと思う。同じような事件がこの国で起こったとき、同じような感想を抱いたとして、ソンタグのようなことが書けるか、といわれたら、おれには無理だ。そんな勇気はない。
 ソンタグはこんなことをいっている。「自分が大切にしている諸権利やさまざまな価値の相克に、私は取り憑(つ)かれている。たとえば、ときとして、真実を語っても正義の増大にはつながらないということ。ときとして、正義の増大が真実の相当部分を押さえ込む結果になるかもしれない、ということ。(略)
 私自身の見解は、もし真実と正義のどちらかを選ばざるをえないとしたら――もちろん、片方だけを選ぶのは本意ではないが――真実を選ぶ」
     *
 ジャーナリズムのことばと文学のことばは違う。けれど、共有しているものもある。だから、いまのことばを朝日新聞に贈りたい。「誤報」問題が起こったのは、自分たちの「正義」を絶対視してしまったからであるように思えるのだ。
 人は間違える(おれもしょっちゅう間違える)。組織や社会も間違える。国もまた間違える。それがすべての出発点であるように、おれは思う。それがどのような「正義」であれ、「おれは間違っていない」というやつは疑った方がいい。「愛国者」であると自称する連中は「国の正しさ」に敏感だ(だから、「正しくない」といわれると攻撃する)。だが、正しくなければ愛せないのだろうか。ソンタグにとって、祖国アメリカは、「正しさ」と「不正」の入り交じった存在だった。その、矛盾する、等身大のアメリカをこそ彼女は愛した。
 自称「愛国者」たちは、「愛国」がわかっていないのではない。「愛」が何なのかわかっていないのだ、とおれは思う。こんなこといってると、おれも、間違いなく「反日」と認定されちまうな。いやになっちゃうぜ。

(あすを探る 思想・歴史)そんなことしている場合か 小熊英二

 国際学会や客員教授で外国を回る機会が多い。ここ数年でよく感じるのは、日本の存在感が、確実に小さくなっていることだ。
 まず何より、円の価値が対ドルでこの2年で約3割下がった。つまり、外から見た日本のGDPが3割減ったとも言える。もちろんこれは、日本の存在感の低下に直結する。
 円安は輸出企業には有利である。たとえ輸出量が伸びなくても、円建ての輸出額と業績はよくなる。また円安になれば、外国人投資家が日本株を買いやすくなり、円建ての平均株価が上がって、これも企業の業績改善につながる。すべて「円建て」の話だが、有利には違いない。
 しかし円安は、輸入品などの物価上昇を招く。また国際的に見れば、国民の財産は目減りする。いわば円安は、国民から消費税と財産税を徴収して、輸出企業を補助するのと似た効果を持つ。それで企業が国内の雇用や賃金を増やせばよいが、現状は必ずしもそうなっていない。
 それにもかかわらず、日本のマスコミや論壇には、円安を歓迎する論調が多い。これは企業の影響力が強い社会状況の反映だろうが、国外から眺めると、日本の論調は奇妙に見える。世界に占める日本のプレゼンスがどんどん減っているのに、それを喜んでいるように映るからだ。
 そのなかで安倍政権がアピールしている改革は、労働規制緩和、女性活用、法人減税、投資環境改善などである。個々の政策評価はさておき、これらはいずれも外国人投資家が重視する項目である。あえて皮肉な見方をすれば、これら一連の政策はすべて株価対策とも映る。株価を上げて支持を集め、それで政権を延命させて、憲法改正などにとりくんでいるというのが、数千キロ彼方(かなた)から眺めた安倍政権の一面である。
 安倍政権の経済政策を単純化すれば、円安誘導で輸出産業を支援し、公共事業で地方経済を刺激するものともいえる。しかしこの2年間の結果は芳しくない。円安になっても、製造業の多くがすでに国外移転しているので、輸出が伸びない。公共事業で労働力需要が増えても、高齢化で労働力そのものが足りない。需要が足りないからデフレなのだといわれてきたが、需要が増えても労働力と国内生産力がすでにないのだ。
 つまり安倍政権の2年間で判明したことは、日本経済の予想以上の体力低下だった。景気刺激で需要が増えても、国内生産の増加ではなく輸入の増加となり、貿易赤字が増えた。原発停止による燃料輸入量増の影響など、相対的にはわずかでしかない。一方で高齢化は確実かつ急速に進み、財政赤字は積み上がっている。これが数千キロ彼方から眺めた日本の、偽らざる現状であると私には映る。
 この状況に日本がどう対応するかには、国際的な関心も高い。経済政策のみならず、東アジアには日本の高齢化対策への関心もある。韓国や台湾、シンガポールなどは、すでに出生率が日本より低くなり、急激に高齢化が進んでいるからだ。福島第一原発事故を経た日本がどういうエネルギー政策をとるかについても、それなりに関心は高い。
 ところが国外でこうしたテーマの質問を受けても、期待に応じる答えができにくい。ここ数カ月の日本で、もっとも熱心に論じられていたテーマは、憲法改正や反中・反韓、そして新聞の誤報などだった。しかもそれが、日本国内でしか通じない論じ方で議論されている。もちろん各国には各国独自の重要課題があるから、日本独自なのが悪いとは一概にいえない。しかしそれらが日本の議論の中心だと述べると、質問してきた側は失望したような表情をする。日本を遠くから見ていると、「そんなことをやっている場合なのか」と言いたくもなるからだろう。
 私もまた、同様の思いを強くしている。「そんなことをやっている場合なのか」。最近の論調を見ていて感じるのは、何よりもそのことである。

2014.09.24 (水)  晴れ・雨

 星陵祭の後片付け。雨が降ってくる前にほぼ終了できてよかった。自分たちの教室の整理(掃除は使用したクラスがきっちりやってくれたが…)は今一つだが(笑)、借りた2年生の教室はすっかり元通りにしてあったので、まあ良しとするかといった感じである。しかし、いよいよ「次」へと向かう季節となったわけで、明日からの振替休業日の間に、気持ちの切り替えをきっちりやっておいてほしいものである。
 夜、編集会議。定番教材のなのでサクサクと進むかと思ったが、あに図らんや、新しい先生の原稿だけあってツッコミどころがかなりあり、議論が議論を呼んで1日1教材しか進まず。しかも、クタクタ…。12841歩。
 注文しておいた、大好きな写真家高橋俊充さんの手作り写真集『Sicilia』が届く。素晴らしい…。
Sicilia

2014.09.23 (火)  秋分の日・晴れ

 秋分の日…であるが、大学は休日授業日!ということで、今日から後期の講義開始である。
 昼間、お墓参りに出かけ、家族でランチ。天気がイイので、味は普通だがオシャレな雰囲気のイタリアンに出かける。前菜+パスタ+パン+ソフトドリンクで1800円也。
店の入口)
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階段で2階テラスへ)
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前菜の盛り合わせ)
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パスタ。私は普通のトマトソース+大葉)
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パン)
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2014.09.22 (月)  晴れ

 星陵祭の振替休業日だが、いつもの時間に起きて巾着田へヒガンバナ撮影に出かける。7時過ぎには到着できたので、まだ人出も少なく、落ち着いて観賞・撮影することができた。しかし(人のことは言えないが)、マナーの悪いカメ爺が多いのは相変わらず。狭い通路に三脚は立てるわ、通路の真ん中に陣取って撮影しているわ(花は低い視点から撮影するので、通路の真ん中でうずくまるようにして撮影しているのである…)で、もうサイテーである。その点、カメ婆の方がずっとマナーや愛想がイイ。「人の振り見て我が振り直せ」であるから、自分も気をつけたい。
 夜は編集会議。家からなので久しぶりのクルマで出かける。帰りは遅くなるので、クルマの減った深夜の都会を気持ちよくクルーズできて楽しかった(会議は大変だったが…笑)。
巾着田にて

2014.09.21 (日)  晴れ

 星陵祭第2日目。今日は午前中が入学者相談コーナーで、午後から観劇しようと思っていたが、どのクラスも満員でまったく入れず。自分のクラスにさせ入れない始末であった(泣・笑)。しかし、それだけお客様がいらして下さったということである。終演を迎えた生徒諸君の顔も「やりきった感」で輝いており、イイ2日間が送れたことがよく分かる。後期に向けて、改めて日比谷生としての素晴らしさを友と分かち合い、確かめ合えた日々だったのではないかと思う。今日も卒業生がたくさんやってきて、(観劇できない分)卒業生とともに過ごすことができたのは、それはそれで楽しい時間だった。8513歩。

2014.09.20 (土)  曇り・晴れ

 星陵祭第1日目。最初と三回目の公演につきあったが、最初の回は客席が満員になってしまって、役者諸君と一緒に舞台裏から観劇することになったが、緊張感のある舞台裏での表情も見ることができて楽しかった。涙を流している観客もおり、評判もなかなかのようである。午後からは入学相談会のコーナーに。その午後の公演中、舞台セットの壁が崩れるというハプニングにも襲われたようだが、うまくその場も乗りきったとのことで、さすが3年生である。役者以外の諸君の協力体制もしっかりしており、安心して見ていられる感じである。壊れた舞台の修復や客席の整備など、改善のための作業も必要だが、最後に全員で集まって反省会をしたり、明日への準備もしっかりできているようで、二日目の熱演をさらに期待したい。たくさんの卒業生諸君に会うこともできて充実した一日であった。7759歩。

2014.09.19 (金)  晴れ

 星陵祭準備。アイディア(発想)はよくても、それを実現するのはなかなか大変だということを生徒諸君は実感したに違いない(笑)。こういう経験にこそ意味があるのである。9543歩。
 久しぶりにキヤノン 5DMk3 で撮った写真をキヤノンフォトサークルに投稿したところ、掲載される。タイトルは「秋へ」。ジャンルマスターの並木隆先生から、「二番目の花がちょっと近すぎて中途半端なボケになってしまいましたね。これがなければスッキリした作品に仕上がったでしょう。惜しい!」とコメントをいただく。なるほど、そう言われると、確かに手前の花の陰になっている花や、二番目の花が気になってくる。精進いたします。
秋へ

2014.09.18 (木)  晴れ

 今日も午後から星陵祭準備。芸大のデザイン科に進学した前の学年の学生が訪ねてくる。デザイン科とはいっても文章力が必要といことで、「人から見た自分」というテーマ作文をする講義があり、その作文を作成するために、他人から見た高校時代の自分の姿について知りたくて、元担任の私のところにインタビューにやって来たというわけである。久しぶりに会って、インタビューに答えながら、すっかり大人になった卒業生と昔話をするのはとても楽しかった。
 帰りがけ、季節の変わり目だからだろうか、どうも腰の具合が今一つなので、かかり付けの整体の先生の所に寄る。空いていたせいかたっぷり揉みほぐしてくれて(笑)、かなり回復した感じである。10206歩。

2014.09.17 (水)  晴れ

 今日は午後から生徒は星陵祭準備、教員は期末考査の成績処理。合間にリハーサルの様子を覗く。私個人としては、演技を重ねるに従って(つまり「巧くなったつもりになる」に従って)後半がちょっと重すぎるのでは…という印象を持ったが、ここは生徒諸君の感性を尊重するとしよう。10395歩。

2014.09.16 (火)  晴れ

 火曜日ながら金曜日時間割での授業。考査を返却するために時間割変更もあって、3クラスで答案返却+授業をする。3年生は3連休もすべて星陵祭準備に費やしているせいか、どうも授業中は(放課後は元気なのに…笑)お疲れ気味のようで、今一つ盛り上がりに欠ける感じであった。まあ、仕方ないか…。8202歩。

2014.09.15 (月)  曇り・晴れ

 昨日遊び過ぎて、今日はダラダラ過ごす…ところだったが、隣(実家)のパソコンが調子悪いと相談され、あれこれいじくってもよくならないので、VISTAでもあることだし買い換えることにして、妹・母を連れて近所のコジマに出かける。春モデルの在庫処分値引き品を、さらに値切る母の姿に感動(笑)。さらに小物までサービスさせて買い物終了。帰りがけ、敬老の日でもあり、昼食をご馳走する。

2014.09.14 (日)  晴れ

 孫たちを連れて石神井公園へ! 好天のもと、一日遊び回る。
スワン

2014.09.13 (土)  晴れ

 星陵祭準備の学年当番で学校に行く。3年生の準備の様子を見回ったり、たまった書類仕事などを済またりする。ついでに、山積みのまま開封されていない国語科の引越荷物のうち、新全集や新大系、集成といった授業準備に必要な書籍の箱を開けて、(腰に来ない程度に…笑)少しずつ棚入れを進める。我ながら偉いかも。
 家に帰ったら、庭のヒガンバナが咲いていた。
初ヒガンバナ
 記念に?シーバスの「MIZUNARA」を。
MIZUNARA

2014.09.12 (金)  晴れ

 前期期末考査最終日。今日は爽やかな一日。がんばって古典講読の採点を終わらせる。こちらは平均点も変わらず、頑張っている生徒は少しずつ力をつけてきている感じである。
 iPhone6 と Watch がかなり好意的に受け止められている感じだが、個人的には Watch がスゴイなぁという印象である。スイスの時計産業が危機感を抱いたという報道もあって、「やらせ」的な感じもするが、時計バンドのデザインにしろ、Watch の機能そのものにしろ、その見せ方にしろ、やっぱりスゴイ!と言えるのではないだろうか。欲しいなぁ…。8519歩。
(左=FUJI X100 F2.0 右=SIGMA dp2 quattro F2.8)
hikaku.jpg

2014.09.11 (木)  大雨・晴れ

 前期期末考査第三日目。今日も昼間はよく降った~。
 古典講読の答案が出る。現代文の採点を終えたが、やはり平均点は10点以上下がる見通し。やれやれ。さて、購読の方はどうだろう…って、つけ始めた問題(大問三「皇子誕生」のところ)は、かなりガッカリな感じ。やれやれやれやれ…。政経のM井先生に話しかけられたが、「返却する時間割の関係で35Rから採点を始めたけれど、どうも点数が…ムニャムニャ」みたいな感じであった。やれやれやれやれやれやれ…である。9271歩。

2014.09.10 (水)  曇り・大雨

 前期期末考査第二日目。昨日に引き続き、現代文の採点中。どもう平均点は中間考査に比べて10点くらい悪くなりそうだ。夏休みのせいだろうか、文語文のせいだろうか…?「まことなりせば、いかにせまし」という部分を現代語に改めなさいという問題を出したら、「本当だったら、どんなに狭いことか」という珍答をする者が何人かいたとのこと(O田先生担当のクラス也)、う~むといった感じである。7998歩。

2014.09.09 (火)  晴れ・雨

 錦織選手、残念。でも、もうこれほどの活躍は難しいかも…?
 前期期末考査第一日目。現代文の答案が出る。考査範囲は『舞姫』が中心だが、基本的な語彙の問題が出来ていなくて、やはり近代文語文は難しいのかなと思うとともに、音読させる代わりに俳優山本学氏の朗読を聞かせながら授業を進行したわけだが、やはり時間をかけて朗読をさせないと抜け落ちる部分もあって、そのバランスでさらに工夫の余地があったかも知れないと反省。昨日、NHKの「クローズアップ現代」で、ICTの推進(タブレット端末の授業への導入)が、下手な教員に授業をさせると、「面白いだけで学習内容が身につかない学習」「検索だけして自分では考えない学習」を助長しているという問題点が指摘されていたが、そのような指摘も踏まえながら、情報機器活用の位置づけを考えることが必要かも。8285歩。
 8月末に行われた前々任校(都立白鴎高校)の同期会の幹事さんから、同期会の様子を伝える写真サイトの案内が届く。ちょうどタイ旅行と重なってしまって出席できなかったが、懐かしい生徒諸君とともに、懐かしい先生方の画像もあって、しみじみとした気分である。幹事の皆さま、どうもありがとう。ちなみに、美術の山本先生のサイトは「こちら」ですよ。

2014.09.08 (月)  晴れ・雨

 考査問題の印刷も終わり、とりあえず無事準備完了である。10908歩。
 今日は田舎の親戚から獲れたてのサンマが届く。今年の初サンマ、おいしかった~。多謝。

2014.09.07 (日)  雨・曇り

 朝起きてのニュースが錦織選手決勝進出のニュースで、快調な?一日のスタートである。片づけなければならない家の用事を済ませたり、雨が上がってからは庭木の手入れをしたりして過ごす。
秋晴れが待ち遠しいですな)
2014初秋

2014.09.06 (土)  晴れ・曇り

 昭和記念公園のホームページ(http://showa-kanricenter.jp/flower_blog/)を見ていたら、早咲きのコスモスの「ハッピーリング」が見頃になったとあったので、午前中に出かけてみる。キレイに咲いていて、早速今年最初の撮影である。
 午後から、古典講読の問題を作成。
ハッピーリング

2014.09.05 (金)  晴れ

 何とか一週間を乗りきった感じ。あとは古典講読の考査問題を作らなければ…という宿題があるが、ちょっと気を緩めて、帰りがけに池袋西武のライカ・カメラブティックを覗いてみる。85万円のカメラに触らせてもらってカタログまで頂いたが、いやはや、色々な意味で別世界といったところでありましょうか(笑)。8697歩。
LEICA

2014.09.04 (木)  晴れ

 錦織選手も伊達選手も凄いですね~。あれだけタフな試合を勝ち上がってベスト4!
 それに比べて、こちらは体力の衰えをヒシヒシと感じる。最初の一週間ということもあるが、夜10時過ぎには寝ているのに、朝の電車(5時台だから座れる)でも読書中に眠っているし、帰りの電車でも座れると眠っている。おまけに、今日は午後の空き時間にも、考査問題を作りながらついウトウト…。とりあえず、現代文の問題は作ったのだが、さてミスがないとイイのだが(笑)。9147歩。
 今日の朝日新聞「オピニオン」欄に、内閣改造を行った安倍首相に対する識者の見解が載せられていた。週刊新潮やそこに掲載されている暴言作家のレベルの低さをせせら笑いつつ、国語学者金田一秀穂先生の「言葉の力 信じない首相」を引用してみよう。

 安倍晋三さんの言葉で面白いもの、印象に残るものってほとんどないですね。
 「質問に答えない」と批判されるけど、国会答弁や記者会見を見ていると、ごまかしや言い逃れという感じでもない。ずっとすれ違ったままでかまわないと思ってるんじゃないか。言葉で人を説得しよう、動かそうという気がないみたいに見える。
 言葉には、描写の言葉と行為の言葉があります。「椅子に座る」は描写の言葉です。でも、「椅子に座ってください」とか「ありがとう」と言うのは、それ自体が行為ですよね。
 政治の言葉は、約束するとか、宣言するとか、基本的には行為としての言語です。でも安倍さんは、言葉は「飾り」のようなもので、行為は別にやればいいと思ってるんじゃないか。
 政治家は、言葉それ自体が行為だと自覚しなくてはいけません。吉田茂や佐藤栄作はそこがわかっていた。安倍さんの祖父・岸信介は「私には声なき声が聞こえる」と言って、安保改定を強行した。善しあしは別として、言葉に重さがありました。
 でも、今の政治家は言葉が軽い。小泉純一郎さんあたりから、白か黒かのデジタル的で単純な言葉が増えました。わかりやすいことはわかりやすいけれど、薄くペンキを塗るような言葉づかいになってきている。
 安倍さんも勇ましい言葉は多い。「まさに」という言葉をよく使うんですね。スパッ、スパッと言い切っていく。深く考えてないから言い切れるんです。考えている人間は、なかなか言い切れないですよ。
 その割に失言が目立たないのは、やっぱり言葉が軽いからです。「国民の命を守る」「日本を取り戻す」とか言っておけば文句が出ない。集団的自衛権も「おじいさんやおばあさん、子どもたちが乗る米国の船をいま私たちは守ることができない」といった薄っぺらな言葉で語られる。つるつるした言葉しか使わないから、非難されにくい。
 政治だけでなく、社会全体が耳に快い言葉しか受け付けなくなってしまった。反感を買うような「強い言葉」は排除されて、誰も傷つけない言葉が受け入れられる。だから安倍さんに人気があるのかもしれません。
 昔のように政治が小難しい言葉で語られ、政治家が強い言葉で人々を熱狂させるのもどうかとは思いますけど、ふわふわした言葉ばかりになるのもすごく危なっかしい。誰も反対できない言葉だけを言っていればいいという雰囲気になると、何かあれば一気に流されてしまう。
 安倍さんは言葉に鈍感すぎる。広島と長崎の原爆式典のあいさつが昨年と同じコピペではないかと指摘されたのがいい例で、さすがにみんな気づいてきたんじゃないか。結局、あの人は言葉の力を信じていないんですね。(聞き手・尾沢智史)

 今日も田舎の親戚から摘み立てのトウモロコシが届く。薄皮の上からラップして、500Wのレンジで7分! とれたての香りと甘さが存分に味わえて、もう最高の贅沢と言ってイイだろう。

2014.09.03 (水)  晴れ

 授業が始まって3日目ということもあり、だんだんと夏休み前の感覚が戻ってきた感じである。今日は現代文と古典講読の授業があったが、考査一週間前ということもあり、どちらもまじめに取り組んでいた。ちなみに、古典講読は2時間続きだったので、1時間目に夏休み前にやっていたことを思い出す意味もこめて、4人グループを作って期末考査の予想問題を作らせるというのをやってみた。読みの問題、文法の問題、訳の問題、古典常識の問題、その他自分たちで工夫した問題ということで、話し合わせて発表させたが、なかなか真剣に取り組んでおり、こっちは授業しなくてイイし(笑)、生徒は互いのイイ所を出し合って、ノートを覗き合ったり、問題のアイディアを出し合うことで自分の盲点が見つかったりと、かなり上質な復習になった感じで、なかなかイイ授業であったと自画自賛である。
 今、私がもっとも好きで注目している写真家の高橋俊充さん(http://www.takahashi-design.com/blog/)が、シチリア島でのスナップを集めた写真集を限定予約出版するとのことなので、大好きなイタリアが舞台でもあり、早速予約を申し込む。仕上がりが楽しみである。8290歩。

2014.09.02 (火)  晴れ

 久しぶりに晴れて気持ちのイイ朝であった。
 校舎の悪口、その2。なにせ大職員室が校舎の隅っこになったために(前はそれに相当する共通の職員室は校舎の真ん中辺りだった…)、教材や授業資料のある各教科の準備室から、それを使って教材や試験問題を作ったりするための(教員全員分の)個人端末(貸与されたパソコン)がある大職員室までが遠くなり、例えば試験問題を作成する際、ちょっとでも大職員室に持って行くべき資料を間違えたり忘れたりすると、いちいち遠くの準備室まで取りに戻らなくてはならないのである。先生方は「健康にはイイかもね」とか何とか言って我慢しているが、効率の悪いこと甚だしい。このせいで、「今日はもう試験作るのや~めた」と言い出す先生もいらっしゃるほど。バカらしいことのように思うかも知れないが、平均年齢の高い日比谷では実は大問題であると私は思う。働きやすい環境を整えることこそ、都教委の仕事ではないのか。採点ミスは許されないし、言い訳もできないが、その遠因はこういうところにも露呈しているのである。10648歩。

2014.09.01 (月)  雨

 雨の9月スタートである。
 校舎に戻り、1・2年生にとっては初めての校舎生活、3年生にとっても2年ぶりの復帰となる。
 ところで、この改装された校舎、都教委の方針でまったくダメなものになってしまった。見た目がキレイになればイイという問題ではない。教科の職員室がなくなり、代わりに教員に与えられたのが大職員室だからである。どこの私立・国立伝統校で教科の職員室がない高校があるだろうか? 一方で、8月末に行われた都教委主催の教科主任会は、各教科内の連携を密にし、チームとして段階的・計画的指導ができる体制をつくる必要があるというテーマであった。教科でまとまれる部屋もない、その一方で、教科としてのチーム力を強化せよという。この矛盾は一体何なのであろう?(ちなみに、主任会の講師は一人負けの代ゼミの関係者であるが…) 元東大教授の御厨貴先生が、政治家とその館の関係を本にまとめていらっしゃる。その中で、毎日街頭に立っていた庶民派の野田さんが、首相になったとたん世間に目が向かなくなった一つの原因として、首相官邸という閉鎖空間との関わりが取り上げられていて面白かったが、教育の質とそのハード面(つまり校舎の構造)も密接に関係するのである。そんなことも分からない教委のもとで、我々は目の前の生徒たちに最高の結果をゲットさせるべく努力をせざるを得ない。徒労感はこうして生まれるのである。13831歩。
徒労感を感じた時には…”Make Someone Happy”)

 北海道の親戚から摘み立てのトウモロコシが届く。多謝。
北海道生まれ